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{ 17: 豪華病室(2) }

{ 第1話 , 前回: 第16話 }

「まずは、君とカンパニーを取り巻く状況じょうきょうを説明しよう」

ユウナ博士が言った。知りたいのはそんなことではなかったけれど、春樹はだまって話を聞いていた。

「カンパニーをおそったテロリストたちは、すでに治安隊が撃退げきたいした。やつらの何体かは仕留めたものの、その他はげおおせた。君と秋人君をおそったふたり組のうち、犬の仮面の男はとある理由で焼死した。もうひとりのきつね面の女は……残念ながらげられてしまった」

この時、短髪たんぱつの男の口元がわずかにった。やはりこの男は、ロビーであの女と戦った治安隊のひとりなのだろう。

「君の家族のかたき討ちをできなくて、申し訳なく思うよ」
 博士は言った。
「でもやつらは、たおそうと思ってもたおせる相手じゃない。一度でも対峙たいじすれば、そのことがわかる。春樹君も感じたはずだ。やつらは、人間じゃない……不死身のバケモノだ、と」

春樹は、顔を上げた。バン隊長のナイフや、マイナスドライバーを犬面の男、イッショウにてた時のことを思い出した。はどちらもあっさりかえり、春樹の手からすっぽけた。やつのはだは、コンクリートの壁面へきめんのようだった。

「に、人間じゃない……?」
 春樹は呆然ぼうぜんとして言った。
「あいつらは、みんなかみが赤かった。いや、かみなんていくらでも染められる……それよりも、一度だけ犬面の男と目が合ったんです。あいつの目は……その……」

「真っ赤だった。そうだろう?」

春樹はうなずいた。イッショウが仮面の裏側から春樹をにらんだ時、春樹はその目と対峙たいじした。見たこともない色のその目と……それは、まるで血のような色の目だった。思い出すだけで、今もふるえそうになる。バケモノににらまれたからじゃない。赤……春樹にとってその色よりおそろしいものが、この世に存在しないからだ。

「春樹くん……これは君が今日始めて知ることだろうけど、人間以外の何かがこの東京にいるんだよ」
 博士は言った。
「ヤツらが何者で、どうして東京にいるのかは、はっきりしないことが多い。ぼくたちが何者で、どうしてこの地で暮らすようになったのか、その起源を正しく説明できないのと同じ理由でね。でも、はっきりしていることも一つだけある。ヤツらが、人間を皆殺みなごろしにしようとしているということだ。ただ殺すんじゃないよ。皆殺みなごろしだ」

「なぜ人間を根絶やしにしたいのか?」
 博士は続けた。
「その理由は、推測の域を出ないが……そうだな……例えば、この部屋にハイエナが一匹いっぴきいて、さらにもう一匹いっぴきジャッカルがいたとしよう。二ひきはともに肉食で、いつも同じようなモノを食べている。そして、ともにえている。エサとなりそうな動物は、小さなウサギが一匹いっぴきいるだけだ。とても肉食動物同士で分け合える量じゃない。だとしたらどうする? ハイエナは、ジャッカルをはらってから、ウサギを食べようとする。ジャッカルもそうしようとするだろう。あるいは相手を打ちのめすことができれば、ウサギを前菜にして、そちらの肉を食べるかもしれない。まぁだいたいは、弱いほうが逃亡とうぼうして終わるんだろうけどね。けど、もしこんなことがずっと続くなら、ハイエナはウサギをかじる前に、ジャッカルという種を根絶やしにしたいと感じるはずだ。つまり、そういうことなんだ」

なぜだか博士は、面白おかしく話しているように見えた。もともと子供のように屈託くったくのない表情で、根っから明るい性格なのだから、博士が少々不謹慎ふきんしんに見えてしまうのは仕方ないことなんだと、春樹は思った。いや、思おうとした。

「しかしぼくたちの社会は、サバンナほどあまい世界じゃない」
 博士は言った。
「もちろん、ヤツらは強いよ。素手で人間を殺せる。ぼくたちの息の根を止めることなんて、ヤツらにとって新聞紙をビリビリ破くくらいの作業でしかない。だけど我々人間は、社会の中で増え続けてきた。仮にやつらが百人から暴れまわったとしても、人間社会全体から見れば、カスほどの人数でしかない。順ぐりに人間をなぐたおしたところで、先に自分たちが疲弊ひへいしてしまうことをヤツらも自覚している。社会というものは、ぼくたちが思っているよりも、はるかに強固で、大きく、純然たる暴力装置なのさ。だからこそヤツらは、自然融合しぜんゆうごう破壊はかいねらっているのだ」

自然融合しぜんゆうごう……電気をつくる機械……世界最高峰さいこうほうの発電装置だと、カンパニーでの企業きぎょう見学で教えてもらったばかりだし、小学校のころにも同じことを習った。電気がなければ、人は社会で暮らしていくことはできない。テロリストが、自然融合しぜんゆうごうねらうのはきっと当然のことなのだろう。博士の説明にうそいつわりはないはずだ。でも、本当にそれだけだろうか? 

「電気という基盤きばんを失えば、社会は混乱し、僕たち人間をたおせるとヤツらは考えている」
 ユウナ博士は言った。
「本当にたおせるかはさておき、電気がなくなれば、たくさん人が死ぬのは間違まちがいない。だから我々カンパニーは、命懸いのちがけで自然融合しぜんゆうごうを守らねばならない。電気が命より大切だからじゃない。電気は命そのものだからだ」

本当にそうだろうか? 春樹は、きつね面の女がこんな風に言ったことを思い出した。

「我々の目的は、ユウナを殺すことだ……」

テロリストたちは、確かに博士を亡き者にすると宣言した。護衛を二人も連れているこの男を……いま嬉々ききとして人間の敵について説明しているこの男を……テロリストたちとの戦いを「サバンナでの殺し合い」に例えたこの男を……春樹を気にかけ、心底心配した様子で病室に入ってきたこの男を、やつらは確かに亡き者にすると宣言した。「それこそが我々の目的なのだ」、と。

テロリストからぬすみ聞いた話を伝えるべきだと思う一方で、春樹はどうしてもその気になれなかった。博士がウソをついているとは思わない。でも、どうしてすべての真実を伝えてくれないのか? その理由がわかるまで、何も言わないほうがいいと思った。

「今回の襲撃しゅうげきで貴重な社員たちを何人も失った」
 博士は言った。

春樹はビクリと体をふるわせた。まるで今しがた怒鳴どなられた子どものように恐怖きょうふを感じた。その話を……聞きたいのに、聞きたくない話を博士が始めたからだ。

「君の家族と友だちの話をしよう。まずご学友だが、リク勇太、ワン由比、ステファン明日香あすかの三名は無事だ。君の勇気ある行動により、三人とも無事タワーから脱出だっしゅつしたそうだ。それからさっき言ったとおり、お父さんも無事だ。とても健康体といえる状態ではないのだが、医者の話では、まもなく目を覚ますはずだ。でも秋人君は……首の骨を折られた」

春樹は、ユウナ博士の顔に見入った。なにか言おうと口を開きかけたけど、それっきりひと言も出てこなかった。

「生きてはいる」
 そんな春樹の様子を見かね、博士は悲しそうにうつむいた。
「現在、カンパニーの集中治療ちりょう室で、なんとか命をつなぎとめている。でも目覚めるかどうかはわからないし、目覚めたとしても、重度の障害は残るだろう」

博士が春樹のかたに手を置こうとしたが、春樹はそれをはらけてひざかかえた。それからシーツに顔をめた。のどおくから、自分のものとはとても思えないうめき声がれ出ていた。うめき声は、やがてさけごえに取って代わった。口から空気がれ出ても、シーツが顔をおおっているせいで息が吸えず、春樹はあやうく窒息ちっそくしかけていたが、それでもさけぶのを止められなかった。

「殺してやる! ヤツらを皆殺みなごろしにしてやるんだ。あの赤いかみを根こそぎっここぬいたあと、首から下を全てくんだ。絶対に許すものか!」

春樹はおどろいてシーツから顔をあげた。

待て……いまぼくはなんて言った? 何をくって? いや、本当にそんなことを言ったのだろうか? わからない。ぼくの背中をさすってくれていた博士の表情からは、ぼくがなんとわめき散らしたのか推し量ることができなかった。

「秋人と会うことはできますか?」

顔中がグシャグシャの状態で、そんな風にはっきりと言えたとは思わない。しゃくりあげながらも、なんとかそう言おうと努力しただけのことだ。でも博士には伝わったようだ。

「窓から集中治療ちりょう室をのぞくことはできるだろう……」
 博士は春樹のかたに手をおいて言った。
「でもそれだけだ。それ以上のことは、君のためにも、秋人君のためにもならない。そして……こんなふうにはっきりと言うのはこくだが……そういった行為こういを『会う』とは言わない。だれにとっても意味のない感傷的行為こういにすぎない」

「あいつらは、どこにいるんですか? 仮面をかぶったあのバケモノたちは……」

まるでユウナ博士こそ敵であるかのように、春樹は博士をにらみながら言った。

「教えられない」
 博士は言った。
「君にはすまないと思うが……いや、今後の君の安全を思えばこそ、ヤツらの情報を教えることはできないんだ。ただ……君が、本当の意味で我々側につくのであれば、話は別なのだが」

「そちら側につく? どういうことですか?」

「それを説明する前に、まずは確認しておきたいことがある」
 博士は言った。
「君は、秋人君とお父さんのかたきをうちたいか?」

なにを言っているんだこの人は、と春樹は思った。かたきをうちたいか? そんなふうにかれて、「いいえ、けっこうです」と言ってのける人がこの世にいるものか。

ぼくに、何かできることが?」
 春樹は言った。
「でも、いったい何を? あんなバケモノ相手に、ぼくができることなんて……」

「ある」
 ユウナ博士は言った。
「君にしかできないことがある。だから、我々を助けてほしいんだ、春樹君」

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