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{ 24: 輸送(2) }

{ 第1話 , 前回: 第23話 }

きつねがいた。二本角が生え、おにの形相をしたあのきつねである。春樹の輸送車を襲撃しゅうげきしたのは、きつねの仮面をかぶった女だった。それもたったひとりで……こいつのことはおぼえている。カンパニー・タワーをおそったテロリストで……名前は、たしかスイレイ。ハリとの激しい戦闘せんとうの最中、夜でもはきりわかる赤いかみが、きつね面のうしろで乱れていた。

こんな戦い見たことなかった。あるいは映画でも見ているかのようだ。

ハリが、注射刀を持って、スイレイにおそいかかった。二分の一の確率とはいえ、ひと差しするだけで死んでしまうやいばを、スイレイはすんでのところでかわしていた。春樹の目には、やいばがスイレイをいているように見えたが、白装束の着物をかすめているだけだった。しびれを切らしたハリが、注射刀を両手でにぎりしめると、雄叫おたけびをあげてスイレイに突進とっしんした。スイレイはおそれをなして飛び上がり、横転した他の護送車をえて、その向こうに姿を消した。

げるな! 戦え!」
 ハリはさけんだ。

一方でスイレイの攻撃こうげきは派手だった。護送車の上に乗って姿をあらわすと、今度はスイレイから飛びかかった。もしせられたらあの腕力わんりょく対抗たいこうするすべはないのだろう。ハリはあわてて横に飛び退いた。牛かイノシシのようにスイレイはその後を追って突進とっしんした。注射刀を構える間もなく、ハリは再び飛び退いてかわす他なかった。スイレイは、勢い余って他の護送車に激突げきとつすることもあったが、悲鳴をあげるのは車体のほうだった。車とぶつかって体がかえるどころか、車体の方が転がって、ついには逆さまになりそうな勢いである。

決着がついた。爆撃ばくげきのようなスイレイの突進とっしんに対応したハリは、最後にそれをひらりとよけると、スイレイがふりかえった瞬間しゅんかんやいばを胸につきたてた。二人とも固まった。お面の向こうの顔などはかりしれないが、スイレイの表情はかならずや恐怖きょうふでこわばっているだろう。

だが何も起こらなかった。

「くそ……」

ハリがうめいた。はずれを引いてしまったようだ。スイレイのこぶしがハリの顔を横殴よこなぐりにした。子どもがおもちゃのボールを投げたように、ハリの体がまるごとんだ。

ハリの体は、すでにノックアウトしている他の隊員の上にうつせになって墜落ついらくした。決着のときだと春樹は思った。スイレイは、ハリの頭をつぶそうと歩み寄った。しかし、あと数メートルというところで、スイレイは立ち止まり、それ以上近づかなかった。

それを見て、ハリはゆうゆうと立ち上がった。鉄のこぶしなぐられて、顔の半分がすでに真っ赤にがっているのに、ほくそ笑んでいる。その手には、別の注射刀がにぎってあった。幸運なことに、んだ先に仲間の注射刀が落ちていたのだ。スイレイが考えなしに近づいていたら、ハリはそれであしこうすつもりだったのだろう。バン隊長が、最後の力をしぼって、牛仮面の男にそうしたように……

ハリが、夜をつんざく奇声きせいを上げ、突進とっしんした。スイレイはそれをかわした。ハリは、自分の持っている注射刀の型が、スイレイに対して必殺であることを確信しているようだ。先ほどまでとはうって変わって必死にてていた。それを感じ取ったスイレイは、体をこわばらせながらも、必死にげた。気がつけば、ハリがスイレイの足元をけとばして、その体をせていた。

ハリが注射刀をにぎって相手の胸にてようとしたとき、スイレイはがむしゃらに暴れ、下からハリのうでを思い切りたたいた。注射刀は、ハリの手をすっぽけて、明後日の方向に飛んでいった。そして春樹のすぐ足元に転がった。

二人の視線が、春樹に集中した。二人とも、春樹の存在にたったいま気づいて呆然ぼうぜんとした。取っ組み合いの最中で、両者ともその場から動けないでいた。いや、スイレイにいたっては、春樹のうでから血が垂れているのに気づき、恐怖きょうふのあまり身を縮こませた。ハリがスイレイの両うでおさえ、こちらに向かってさけんだ。

「それをこっちによこせ!」

春樹は足元の注射刀を拾った。でも、それ以上のことはしなかった。

なにをしている! 早くするんだ!

やめろ!

両者のさけごえが同時に聞こえた。

しばらくは、手にした小刀をながめていた。春樹には、これがア型なのかウン型なのか区別できそうにない。顔をあげると、必死の形相のハリがせまっていた。しびれを切らせたハリが、せていたスイレイを置いてこちらにせまって来たのだ。春樹は、軽くふりかぶって注射刀を放り投げた。注射刀は、ハリの頭のはるか上を飛んで、道路に落ちて転がると、この戦いとはなんの関係もない路上駐車ちゅうしゃ中の車の下に入った。

「な、なんてことを……」

ハリは、その場で立ちつくした。そして、はっきりとにくしみをこめて、ぼくのことを見た。

今度こそ決着はついた。ふり上げられたスイレイのこぶしが、ハリの背中におそいかかった。ハリは、アスファルトに正面からたたきつけられ、それっきり動かなくなった。

春樹はスイレイと向かい合った。

じっくり敵を見たのは、これが初めてだった。紅の絵の具で化粧けしょうほどこすことで、きつねの面はおにの形相を模していた。りっぱな二本の角は、黄色みがかった朱色しゅいろである。真っ白で、一見して死に装束のような着物を着ているが、はかまは黒のまじった臙脂えんじ色だった。うしろに散らばったかみは、動脈血のようにあざやかで、それどころか、仮面の小さな穴からのぞくひとみすら血の色をしていた。

目が真っ赤に光るだなんて、やっぱりこいつは人間じゃない。仮面の裏には、果たしてどんな顔があるのだろう。

血のひとみが、まっすぐ春樹を見据みすえた。決して目をそらさず、おにの形相をだまってこちらに向けたままだ。ハリなど、もう見向きもしない。

スイレイの目的は、春樹を殺すことだろう。春樹の血の秘密を知っているのだ。輸送車を襲撃しゅうげきする理由なんて、ほかに考えられない。

春樹もスイレイから目をらさなかった。こいつは秋人のかたきだ。いますぐこの血まみれのこぶしなぐりつけるんだ。返り討ちにあって死ぬかもしれないが、それでもかまわなかった。

でも、その気持ちとは裏腹に、春樹はどうしてもその場から動けないでいた。どうしてだろう……スイレイの赤いひとみ恐怖きょうふしたのか? 本当は死ぬのがこわいのか? あるいは、何もせず、さっさと楽になりたいのかもしれない。その全てが理由のように思えた。

代わりに、スイレイのほうから近づいてきた。幽霊ゆうれいのように青白い春樹を見て、手こずる相手じゃないと判断したのだろう。たとえ右腕みぎうでから垂れ流しになっているこの血が、彼女かのじょにとって劇毒だったとしてもだ。

こちらから仕掛しかけるんだ。そんなふうに自分を鼓舞こぶするものの、こぶしを上げることすらできなかった。春樹は、ただ木のようにっ立っていた。

秋人はもう死んだんだ。命懸いのちがけでこいつと戦っても、もどせるものも、得られるものも、何ひとつない。もうどうだっていいじゃないか……

スイレイがさらに近づいた。あと数歩ふみこむだけで、こちらに手が届くほどに。春樹は、遠い世界の出来事のように彼女かのじょが歩み寄ってくるのをながめているだけだった。スイレイがこぶしをふりあげた。

なぐりとばされ、意識が飛んだ。それっきりだった。死ねば悪夢を見ないで済むと、うすれゆく意識の中で願った。


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