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{ 44: ジューケー(2) }

{ 第1話 , 前回: 第43話 }

なんの変哲へんてつもない……といっても、中央に手すりを設置するくらいにははばのある……階段を降りても、「二十一階の街」にたどり着くわけではなかった。代わりというわけではないけれど、これまでとはうってかわって、さわがしい地下広場に到着とうちゃくした。

広場には、先客がいた。それも、わりかしたくさん。みんな荷物をかかえていて、春樹にはかれらが行商人のように思えた。二十二階の名物である魚肉団子をダンボールにめて運んでいる若者たちが、その中でも目立っていた。野菜をふくろつめにしてかかえている者もいて、みんなこれから二十一階まで降りて、そこで開かれる朝市に商品をはこもうとしていた。

部屋のおくには、門があってその前に行列が並んでいた。行列は、何回も何回も途中とちゅうで折れ曲がっていた。それがあまりにも長いものだから、広間のはじっこのベンチに座って、仲間とカードゲームをしながら、行列が短くなるのを待っている者も多かった。

門のそばには机があって、ねむそうな男ふたりがそこに座っていた。先頭の行商が机の上に荷物を置くと、男のうちのひとりがおざなりに中身を確かめた。しばらくして検査が終わると、行商人は荷物をかかえて門のおくへと進んでいった。

門の向こうには、階段が見えた。この地下室よりもさらに下へと続く階段だ。あれがロウの言っていた「大階段」なのだろう。

「どうしよう……」

二十一階へ続く道をやっと見つけたのに、ここで大きな問題が出てきた。検問だ。大階段の検問所は、あやしい者を見つけて、しょっぴく場所だとロウは言っていた。

なにを持ってしてあやしいのかは春樹のあずかり知るところではないけれど、自分が黒いとうの部外者なのは確かだ。目が赤色じゃない生き物もここでは春樹ひとりだろう。大階段の門をとおける算段なんて全くない。もしもロウが言うところの「しょっぴかれて」しまったら一体どうなるのだ? くわしく話を聞いておけばよかったと、春樹は今さらながら後悔こうかいした。

カンパニーにも検問所があったことを春樹は思い出した。もうだいぶ前のことだ。あの時……検問所のゲートをくぐった時……金属探知機のブザーが鳴ってあせったものだ。なんとなれば春樹は、「ヤガン春夫」なる人物といつわってカンパニーに不法侵入しんにゅうを試みていた。堂々とウソをつけば案外なんとなるとは、秋人がのたまったことだが、事実その通りとなった……あの時のクソ度胸を思い出せ! 

「い、行かなくちゃ……ロウが、ヒトヒラ先生を待っているんだ」

春樹は、他にやるべきことを思いつかないという理由で、行列のうしろに並んだ。ロウのことを思えば、行列の先頭にんででも、早く大階段を降りたかったけど、それでさわぎを起こすことのほうが問題に思えた。とはいえ、お行儀ぎょうぎよく順番を待ったところで、検問を通れるかどうかはわからない。自分の番が来る前に、検問を突破とっぱする策をせめて一つでも思いつきますように……

「あの……この行列って、どれくらい時間がかかりますか? ぼく、ここに着たのは初めてで……」

春樹は、行列の最後尾こうびに並んでいた者にたずねた。

「さあな」
 男がふりむいた。
「検問官たちが仕事熱心かそうでないかで、だいぶちがうから……な……」

とたんに男は、赤い目をぎょっと見開いた。それどころか、春樹を見ながら体をこわばらせてしまった。

まずい、と春樹は思った。フードをかぶって顔をかくしていたつもりだったけど、中をのぞきこまれたようだ。

「あの、どうかしました?」
 春樹は、男の足元を見ながらおそおそるたずねた。
ぼくの顔になにか……」

春樹がたずねても、男は微動びどうだにしなかった。さっきからだまりこんだままだ。何かとんでもかいことをやらかしてしまったのではと、春樹は不安になった。

不思議なことが起こったのはその時だった。男が、何も言わないまま後ずさったのだ。いったいどういうことだろう……春樹に順番をゆずってくれるようだ。

その男だけじゃなかった。春樹がキョトンとしていると、さらに前にいた男がこっちに気づいた。その者も同じようにギョッとなり、すぐさま後ずさった。そして、その前いにた者も、さらに前にいた者も、一歩二歩と退いて、春樹のために道をゆずった。

春樹が唖然あぜんとしているうちに、まるでばしをわるかのように、行列が真っ二つになった。ついには荷物検査中だった者まであわててその場から退き、大階段への道が開いた。わけがわからなかった。

「みんなぼくに順番をゆずってくれるのか? いったいどうして……」

進んでいいものか確信が持てなかった。春樹は呆然ぼうぜんくしたが、さりとてだれもなにも言わない。みな目をせながら、春樹が通り過ぎるのを待っているみたいだった。

春樹は、火葬かそう屋のローブのフードを今一度かぶりなおすと、おそおそる最初の一歩をした。それでもだれも口を開かないし、決してこちらを見ようともしない。春樹はさらに一歩した。つづいて、二歩、三歩……ついには早足となって行商人たちの間を進んでいった。

途中とちゅうだれかの話す声が聞こえた。

不吉ふきつな……だれか死んだのか?」

「しっ!」
 と、となりにいた者が相手の脇腹わきばら小突こづいた。
滅多めったなことを言っていると、次はお前の番になるぞ」

春樹は、それにかまわず大階段の門へと進んでいった。あたりはシーンと静まり返り、いやな緊張きんちょう感がただよった。何も悪いことをしていないのに、周囲の者たちから責められている気分だった。それでなくとも、無数の赤い目で注視されるのは、春樹にとって拷問ごうもんに近い。これがロウのための行軍でなければ、とっくにしていただろう。

大階段の前まで来た。「来た」というよりかは「来てしまった」というところか……結局、検問を突破とっぱするための策なんて思いつかず、もう少しだけ行列のうしろにいたかったというのが本音だった。

門の前まで進み出たものの、検問官のふたり組も春樹を見ていなかった。まるでぼくなんていないかのようなあつかいだ。このまま門をとおけられそうだけど、本当にそうしてよいのだろうか? 

通ってもいいですか? と、よっぽどたずねてみたかったけど、やめておいた。素通りするのが当たり前といった態度でいた方がいいと思ったからだ。春樹は、覚悟かくごを決めて前に進み、大階段へとんだ。

なるほど大階段と呼ばれるだけあって、広い階段だった。通路の左右で、上る側と降りる側とできちんと別れているし、何よりも道が長い。途中とちゅうで折れ曲がることなく、おくおくまで進んでいけるのだ。ところどころ電灯は灯っているものの、うす暗く、これから坑道こうどうの底にもぐるかのようだった。先に降りた行商たちの頭が見え、二十一階から登ってくる者たちのかげもちらほらと……

春樹は、一歩二歩と慎重しんちょうに階段をみしめた。だれも春樹を止めなかった。三歩目からは、あいだの一段を飛ばし飛ばしでけ下りた。


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