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書きたかった記事のタイトルも忘れてしまう私だからこそ/#コミュニティ思考

「これやー!!」
と、ひらめいたnoteのタイトルを忘れてしまった情けなさにモヤモヤしているので、いっそのことそれをタイトルにすることにした。

そんな上手くいかないことが多い私だからこそ、コミュニティへの憧れを持つようになった。

今では、自分のことをパラレルコミュニティコーディネーターと名乗っているかなみん(@kanamin823)です。

上手くいかないことが多い人生

子どものころから不器用でみんなの輪に馴染むのが下手くそだった。
いじめられたり、色んな反動で問題行動とかも多かったのは黒歴史なので以下略にしておく。

集団生活の中で成功体験を積む経験が少なかったなぁという子供時代だった。
学生時代や社会人になってからも同じで、
『みんなが当たり前にできるちょっとしたこと』
が自分だけできなくて、人間関係や仕事で行き詰まることが多かった。

でも、部活やサークル、英会話のコミュニティ。
自分が「○○が好き」「○○が得意」「○○に共感する」と趣味や、得意なことや価値観に共感して選んでグループでは、自分を大事にすることができた

最初のころは、みんなができることができない自分へのストレスからそういった自分で選んで参加できる、”サードプレイス(居場所)”としての居心地の良さから、コミュニティが好きになっていた。

コミュニティは家族や職場以外で自分で選択して関わりを持てる居場所。
という考え方は、こういった私の体験から生まれた。

コミュニティ思考の芽生え

オンラインサロンに入るようになってから、コミュニティが居場所としての価値だけじゃなく、個人の強みや特技を活かせる、やりたいことができたり、気付かなかったその個人の能力に出会える場所だと考えるようになった。

やりたいことを語ると応援してくれる人と繋がったり、誰かにとっては当たり前のことが他の誰かの夢を応援する大事なスキルだったり、そんなことでどんどんと新しいものが生まれるのをみた。
人と<場x情報xチャンス>が有機的に結びついたら、こんなにもやりたいことができたり、新しいものが生まれるのか!ということに感動をした

できないことがたくさんある私にとって、お互いのVISIONに共感したメンバーで夢が叶ったり、そんな私の行動が誰かの役に立てる経験が尊かったし、そんなことが実現する場をつくりたいと思うようになった。

きっとみんなと一緒が苦手な私にとって、「私は私であっていい」「誰かのためじゃなく自分の人生は自分のもの」という、自分が人生の主人公である感覚を大事にしたいと想いは、願いでもあると思う。

コミュニティなら、デコボコがあっても、人と<場x情報xチャンス>が有機的に結びついたら、1人1人のやりたいことができたり、新しいことが生まれたりして、関わる1人1人が人生の主人公になれるのではないか。
という思いから、何の経験もなく会社員を卒業して、真っ白の道に飛び出した。

きっと、これが、コミュニティ思考なんだと思っている。

コミュニティづくりの教科書を読んで

著者の藤田祐司さんと河原あずさんは憧れの存在。

他者の存在があるからこそ。私たちは「自分らしさ」をもとことができます。
1人1人がvisionをもち、仲間とともに新たな価値観を生み出し続けられる人になってほしい
『人をつなぎ、人々の生活を良くすること。コミュニティを作り、人々が助け合うべきだと宣言すること。あなたが助けたいと思う人々はあなたの旗印に、希望や力、困難に立ち向かう勇気を与えられるはずです。』

そんな言葉に涙が溢れてきました。

先日の朝渋オンラインでは地方のコミュニティについての質問をしたところ、河原あずさんからこんな回答がありました。

「地方だからこそ、濃くで面白い人がたくさんいる。そういった人同士が繋がっていない場合もある。そういった人にどんどん会いに行ったり繋いでいったりするといいよ」

だから私はパラレルコミュニティコーディネーターになりたかったんだという気持ちに光が差しました。
今までやっぱり”私なんて・・・”と思っていたところもありますが、そういう自分を卒業していく時が来ています。


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