小説:いざ行け 柳都幻想探偵社!

 久方ぶりに創作小説の投稿です。
 新潟をモデルにした柳都という街を舞台に、大学生が妖怪やらなんやらに翻弄されつつ探偵社でバイトする話……の、短編です。
 これだけでも読めるように書いたつもりですが、本編発表前の見切り発車なので、説明不足かとは思います。
 ただ、今しか書けないだろう題材だったので、書きたくてたまらなくて書きました。
 どうぞ、お時間のあるときにでもお読みいただけたらと思います。

いざ行け、柳都幻想探偵社!

○ 3月の海は寒かろうに、おいでませアマビコ


 空は鈍色の雲に覆われ、テトラポットに当たる波が勢いよく飛沫を上げている日本海。柳都に住む者にとっては至極見慣れた、冬の日本海だ。
「さぶっ!!!!!」
その浜辺で、信濃守理十は首をすくめた。美容室に行くのをサボっており、プリンの様になった髪が潮風になぶられる。今年は暖冬だが、やはり海は風も強く寒い。理十の他には人っ子一人いないくらいだ。
 「なんで俺がこんなこと…」
彼だって、好んで来ているわけではない。彼のバイト先である、柳都幻想探偵社の上司から言われて来ているのだ。

 柳都幻想探偵社はその名の通りなんでも屋の探偵家業で、依頼対象・内容が『幻想』…つまり、人ならざる事象、という、けったいなものである。
 ひょんなことからその仕事に巻き込まれ、ひょんなことの積み重なりでアルバイトに雇われた理十は、毎度毎度目を回しそうになりながら、律儀に仕事をこなしている。

 上司である団井曰く、『古くからの知り合いが来るので、言うとおりにしてやってほしい』ということであった。
 なにもこんなところで待ち合わせしなくとも、と思いつつ、理十は腕時計に目をやった。そろそろだろうけど。
 理十が時計から目を上げ、何気なく波打ち際を見やると、海からざばざばと上がってくる『なにか』を見つけた。
 「人間、其の方が団井の遣いか?」
なにか、が、喋る。
 理十は目を見開き、驚きながらも、(だから待ち合わせがここだったのか)と、冷静に思った。
「はい。信濃守理十っていいます」
「リト。我はアマビコだ」
「アマビコ?」
長い髪のような何か、大きな目であろう何か、とんがったくちばしのような何か、3本の足であろう何か。なんとも形容しがたい姿をしたその幻想はアマビコと名乗った。その名前に、理十は聞き覚えがあった。
「キツイッターで見ましたよ!疫病の予言をして、その姿を描いた絵を広めると疫病が収まるとか、なんとか。あれ、でも、アマビエじゃなかったかな…」
「人間の聞き方によってはそういう名前にもなろう。我の名前などよい。其の方が言うように、我の姿の写し絵は疫病に効く。今の流行っている病の鎮静化のため、こうして現れたと言うわけだ」
「なるほど、ありがたいっす」
理十はアマビコに頭を下げた。アマビコはどこか満足そうに、体を揺らしたようだった。

 「さて、では、我の姿を絵にかけ」
「えっ、絵に!?」
確かに団井にノートと鉛筆を持たされている。これはそういうことだったのか、と思ったが、理十はお世辞にも絵が上手いわけではない。
「写真じゃ駄目ですか?」
「駄目だ」
「俺、絵、下手なんスけど」
「問題ない」
「はぁ…」
頑として譲らないようだったので、理十は鞄から筆記具を出し、アマビコの姿を自分なりに描き始めた。
 数分の試行錯誤の後、理十は筆を止める。
「出来たか、リト」
「出来ました…」
「見せよ」
「ええ〜!?……お、怒らないで下さいね…」
「怒らぬ。見せよ」
ノートには、髪をはやした3本足のタコの様なものが描かれていた。それを見たアマビコはまた体を揺らした。そして、
「イヤ、マジで下手だね」
と、笑い声なのか、喉を鳴らしたのだった。
「だから言ったじゃないですか〜!!!!!!!」
 理十の叫びは、波の音に飲まれて消えた。



 「で、アマビコはそのまま帰らなかったの?」
柳都の中心部、とある通りの隅にある『人形館』という洋館。そこが探偵社の事務所である。
 その事務所のダイニングで、理十の上司である団井はそう理十に話しかけた。
 団井は今どき珍しい和服姿の長身の男で、笑みを湛えながらお茶を入れている。
 ダイニングには彼と理十の他に、アマビコの姿もあった。
 「はい。久々にこっちに来たから、色々見てくって仰ってますよ。ね、アマビコさん」
アマビコは体を揺する。肯定だろう。
「しばらく厄介になるぞ、団井」
「うん、ゆっくりしていくといいよ。所で理十くん、絵は?」
「これッス。笑わないでくださいよ?」
理十はノートを団井に差し出す。団井はそれを受け取ると、絵を確認し、頷いた。
「ばっちりだ。じゃあこれ、各種SNSで拡散しとくから」
「えっ、そんな下手な絵、拡散するわけないじゃないですか」
不安そうな理十を他所に、団井は自信たっぷりに指を振る。
「大丈夫。僕フォロワー2万くらいいるアカウントあるからね。そこで公開すればそれなりに見てもらえるだろうし、それに、なにも『アマビコを描いた絵』として認識されなくとも、この絵が拡散されさえすれば効果はあるんだよ」
「えーと、つまり?」
「すっげぇエロい絵とか可愛い犬猫の写真の中にこの絵をこっそり潜ませておく」
「それでいいのかよ!?」
「いいんだよ」
「いいぞ」
団井とアマビコは声を揃えて言った。

 結果、フォローしている人もフォロワーも二桁くらいしかいない理十のアカウントにも団井のアマビコクソコラグランプリ画像は流れて来ているのが見られ、この作戦の効果を思い知るのであった。



 「さあて、これで収束に向かうといいね」
「そおッスね」
「人間が引きこもると妖怪も商売上がったりだから、元気になってもらわないと困るよ」
そう言う団井の尻の部分からは、尾が垂れ下がっていた。彼も長らくの引きこもり生活で変化が鈍っているのだろう、と、理十は思った。
「俺の大学もきちんと再開しますかねぇ…単位取れないとやばいなぁ」
「君の単位はいつでも品薄だね」
「まとめ買い出来るならしたいですよ」
「アマビコに聞いてみる?理十くんの単位どうかな」
「いやいや団井さん、そんなどうでもいいこと聞いちゃ…」
と言いつつ二人がアマビコを見やると、アマビコもそちらを見ていたが、無言であった。
「なんかいってよぉ!!!!!!!」

どっとはらい。

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