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『ビジネスという名の勇者』第3話


「あー、どうしてFからA、そしてSの7段階表記だった魔物のクラスが、AからZ表記になったかだと?」

 空飛ぶボードに乗った男が苦笑しながら答える。

「そんなの決まってるだろ。魔物1体1体の強さが7段階じゃ分けれないくらい、大きく掛け離れてるからだよ」

 地面から伸びた長方形の鉄の塊。巨木を遥かに超える硬さを持ったそれが大きな音と共に横にひしゃげた。
 ここは、第六都市サーナン近隣にある鬱蒼としたオークの森。クラスAの魔物で溢れるこの場所で、唯一Bと認定された化け物がいた。
 緑の肌を持つ3メートル程の巨体オーク。それが今、森に実習として訪れた1人の生徒の前に現れていた……。
 純白の鎧を着た長い桃髪の少女タイムが、目を見開きながら尻餅をつく。彼女は星型のネックレスを掴みながら荒い呼吸をしている。
 鉄塊を粘土のように潰したこん棒を肩に担ぎ直すオーク。それは、タイムを見下ろしている。

(授業でも、図鑑でも見た。コイツオークだ、間違いない)

 彼女が考えている間にも、こん棒を真上に振り上げるオーク。緩慢とした動作ではあるが、震えるタイムにとってはそれでも速い。

 ドンという重い音と共に、彼女がいた地面が大きくへこんだ。その場に自生していた草や花が辺りに散らばる。
 タイムは何とか横に転がる事でそれを回避したが、まだ地面から立ち上がれていない。

(ど、どうする?戦う?逃げる?)

 危機的な状況に、少女の脳がフル回転し始める。

(いや、ランクBだっていずれ倒さなくちゃいけないんだ。コイツを倒せないなら魔王を倒すなんて……)

 ゆっくりとタイムに近付いてくるオーク。彼女はずっと握っていた星のネックレスを放した。
 タイムが立ち上がり、右手で剣をゆっくりと鞘から引き抜く。彼女はそのまま、オークの丸太のような足目掛けて真っ直ぐに距離を詰め……。

『もしランクA以外の魔物と接触する事があったら、絶対に逃げろ』

 咄嗟に脳裏をよぎったコルディアの言葉に、足を止めるタイム。踏み出したままの体勢が維持出来ず、彼女は思わず前方に転がってしまう。
 一瞬、オークが不思議そうにタイムを見たが、チャンスとばかりにこん棒を振り上げた。

(違う!私は目の前の出来る事からやっていくんだ!だから、今は……)

 再び振り下ろされたこん棒を、今度は前に飛び込むように転がりながら避けるタイム。彼女の視界に飛び散った草花が映る。

(全力で逃げる!)

 タイムは身を屈めながら、オークの両足の間を一気に走り抜ける。
 鈍間なオークではそれに反応出来ず、ゆっくりと振り返っている間に、彼女は既に遠く離れた位置にいた。

(これなら逃げ切れ……)

 木々の間で突然立ち止まるタイム。逃げ出そうとしていた筈の彼女は突然踵を返し、オークに勢い良く向かっていく。
 近付いてくる彼女目掛けて、右手に持ったこん棒を右から左に振り抜くオーク。
 屈みながら近付いていくタイムの背中にこん棒が擦れ、鎧から火花が散った。同時に鎧から何かが落ちるが、必死な彼女は気付いていない。
 再度丸太のような足と足の間を潜り抜けた彼女は、振り返ろうとするオークに叫んだ。

「こっちに来い!」

 その場に立ち止まるタイムを、振り返ったオークがノロノロと追い掛けていく。何故か彼女はオークから離れる事をせずに、一定の距離を保ち続けながら叫び続ける。

 やがてそこには、ひしゃげた鉄塊とへこんだ地面、そして潰され、飛び散った草花だけが取り残された……。

 静かになったその場所に、突然コボルトが姿を見せる。それに続いて槍を持った鋭い目付きの少年と、タレ目の優しそうな少女もその場に現れた。
 少女の拳を避けたコボルトの腹に少年の槍が突き刺さる。

「よしっ!これで合計2体!」

「これで合格だねぇ~」

「うん?何だ?」

 辺りの荒れた様子に首を傾げる2人。彼らはタイムの同級生だった。

「ソウ君これ見てぇ~!」

「お姉ちゃん」

 それは私の7歳の誕生日の時だった。

「リリアどうしたの?」

 何かを後ろに隠しながら、もじもじとする妹。

「あのね、これっ!」

 リリアが私の前に差し出したのは星型の玩具のネックレスだった。

「誕生日プレゼント!これ、お父さんのお星みたいでしょ?」

「あ、ありがとう……」

 躊躇いながら、それを受け取る私。

「……お姉ちゃん何かあったの?」

「周りの皆がね。私はお父さんみたいになれないって言うんだ」

「そんな事絶対にない!」

「でも……」

「お姉ちゃんならなれるよ!だって……」

 傷だらけの私の手を握るリリア。

「こんなに頑張ってるんだから」

 私の手を優しく撫でながら、満面の笑みでそう言うリリアは、本当に真っ直ぐだった……。

(どうする?)

 木々の間を走り抜けながら、考えるタイム。背後では、オークが木をなぎ倒しながら彼女を追い掛けている。

(下手な場所を通ったら、誰かが巻き込まれる)

 森の中では、他の場所で魔物と戦っている同級生達の声や音が聞こえていた。

(でも、早くしないと時間が……)

 1時間以内にランクAの魔物を倒して写真を撮り、集合場所に戻る。それが実習の合格条件だった。

(10分?30分?どれくらい経った?)

 ゆっくり時間を見ている余裕は彼女にはない。オークを誘導しながら走るタイム。

(今から他の魔物を探して、倒して写真を……)
「っ!」

 彼女は突然勢い良く前方に転がった。先程までタイムが足を置いていた場所に植物のツルが蠢いている。
 それはマインイーターと呼ばれる魔物のトラップだった。先程彼女はそれに掴まれ、森の奥に引き摺られたのだ。
 そんなタイム目掛けて、オークがこん棒を振り下ろす。大きな木が、小枝でも折るように潰れていく。彼女は何とかそれを横に飛んで回避するが、潰れた木の破片がタイムの頬を切る。

(このままじゃ不合格に)

 タイムは立ち上がり、再び走り出す。

(勇者への道が、また一歩遠く……)

 彼女は星のネックレスを掴み、うなだれながら下唇を噛む。

(このままオークを放置して、他の魔物を……)

 オークの移動速度は遅い。タイムの速さなら、逃げることは簡単だろう。

「……」

 遠くから同級生達の戦う音が聞こえてくる。

「私は……」

 彼女は何かを決心したのか、顔を上げ、ネックレスを持ったままオークに背を向けて走り出し始める。
 オークはそんなタイムにこん棒を振り下ろすが、彼女の影すら捉えられていない。
 地面がへこみ、空中に飛び散る草花、その中を通り過ぎる影があった……。

「どんなに目的地が遠いのだとしても……」

 木と木の間を足場にして飛び上がった純白の鎧。綺麗な桃色の長髪をなびかせながら、オークの顔目掛けて剣を振り下したのは……。

「真っ直ぐ正しい道を歩みたい!」

 勇者を目指すタイムだった……。

 タイムの振るう剣が、充血したオークの左目に直撃する。雄叫びを上げながら、こん棒を顔の周りで振り回すオーク。地面に着地した彼女が剣を構える。

「TYPEアルファ『ライナー』起動リバース!」

 そう彼女が呟いた瞬間、タイムの持つ剣型の勇具、その剣身に光輝く文字が浮かび上がる。

 勇具。起動する事で超常的な技や魔法を使用する事が出来る、本来勇者だけが使う事を許される武器。
 どんな技や魔法が使えるかはその勇具に依存するが、その力をどれだけ引き出せるかは本人の資質――星の刻印によって変わってくる……。

「瞬雷」

 小さな雷が連続で落ちるように高速で移動するタイム。オークがこん棒を振り下ろしたが、そこに彼女の姿はない。

火花スパーク

 剣先に生まれた雷が、放射状に広がった。それに怯んで後ろに下がるオーク。

(私の魔法と開技じゃ、オークを倒せない。それなら……)

 辺りを見回すタイム。そこには膝まで伸びた沢山の草花や木々があるだけで、状況が打開出来そうな物は見当たらない。だが……。

(見付けた!)

 目的の場所まで走り抜けるタイム。左目を押さえながら、彼女を追い掛けてくるオーク。

(後は……)

 タイムはこん棒が届かないギリギリの距離で、オークを引き付けていく。彼女は離れた位置からオークの足元にある草花を確認した後、オークの動きを注視する……。

 ゆっくりと右足を上げるオーク。

(今だ!)

「瞬花!」

 剣を構えたまま、小さな雷が連続で落ちるように高速移動するタイム。彼女は剣の切っ先に集めた雷をオークの右側の顔目掛けて放つ。
 勿論、そんなものではオークは倒せない。だが、足を上げたまま雷に怯んだオークは体勢を崩し、そのまま体ごと左側に倒れ込む。その場所にあったのは……。

「やった!」

 オークの体を蠢く植物のツルが捉える。それは、マインイーターと呼ばれる魔物が仕込んだトラップだった。
 上に乗った生き物を捉え、本体の場所まで連れていくというそれが、じたばたともがくオークの体に幾つも絡んでいく。
 やがて、どうしようもないと気付いたオークは動きを止めた。

(……何とかなった。後は魔物を探して)

 だが……。

(何か、辺りの様子が?)

 タイムがざわつく森に気付くのと同時、突然雄叫びを上げながら、暴れ始めるオーク。幾つも絡んだツルが外れ、自由になった手でタイムに向けこん棒を振り下ろすオーク。

 反応が遅れるタイム。

(間に合わっ……)

 そんな彼女の頭目掛けて、こん棒が振り下ろされ……。

「めんどくせぇなぁ」

 大きな音と共に、こん棒を持ったオークの手が切り落とされる。

「あっ……」

 驚く彼女の前に現れたのは、鋭い目付きの生徒と、タレ目の生徒を連れた、タイムの担任――コルディアだった……。

 幾つものモニターがある部屋で、警報音がけたたましく鳴り響く……。

「何事だ!」

「強大な魔流の反応を確認!間違いありません!魔王です!」

「出現場所は?」

「第20地区……オークの森付近です!」

 ――絶望が、タイム達の直ぐ隣まで迫ってきていた……。

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