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『死悔いのソアレ』第3話【創作大賞2024 漫画原作部門】


暗い森の中を1人の女性が歩いていた。

陽光のような長い金髪に、胸元に穴が空いた鎧を着た女性。彼女は三日月のイヤリングを付け、背には人の背程もある大剣がある。

「ゲホッ!」

地図を広げ、咳き込みながら森の中を進む女。その女性は生気漲る肌色だが、顔色は悪い。

彼女の瞳に太陽と月が合わさった看板が映り、目を輝かせる女。

しかし……。

「クソッ!」

彼女が地面を叩く。そこには木々に絡まった看板が1つあるだけだ。彼女は地図へ乱雑にバツ印を書き込む。

「まだ!」

女が立ち上がる。彼女が一歩を踏み出そうとした所で……。

「ゲホッ!」

再び咳き込み、手で口元を覆う女性。

「……え?」

彼女の手のひらには血が付いている

その瞳が絶望に染まった……。

大きな町の一角を馬車が走っている。

目印のように建てられた見上げるような時計塔のある町。

時計塔の屋上に少女が立っている。

馬車から遠くのその少女を指差すのは、中性的な見た目の短い赤髪の子どもだった。

「ソアレ!」

その子どもが助けを求めるように目前の女性を見る。

「……ソルは馬車にいて」

一瞬躊躇した後、その女性は馬車から飛び降りた。時を同じくして時計塔の屋上から少女が身を投げる。

ソアレと呼ばれた女の足が光の粒子、命気を纏った。

「ふっ!」

彼女が一息を吐くのと同時、女の姿が馬車から一瞬で離れる。

陽光のような長い金髪に、三日月のイヤリングを風になびかせながら、時計塔に向かって彼女は突き進んでいく。
女は建物と建物の間を走り抜け、時には足場として使いながら、鎧に空いた胸元の穴から落ちそうになる石や、腰の2本の鞘を掴んで、縦横無尽に町中を駆ける。

そんな彼女に腰を抜かすか、悲鳴を上げる町民達。

それを意にも介さず飛び上がり、2階の窓の前をソアレが通り過ぎた。

その時……。

部屋の中で紅茶を嗜んでいた中年の髭を蓄えた男性が、彼女を見て目を見開く。
男は腰も抜かさず、悲鳴も上げずに持っていた紅茶のカップを机に叩き付けた。

飛び下りた少女だけを見ていたソアレは、その男には気付いていない。

時計塔は既に彼女の目前だが、少女と地面との距離も同じくらいだった。

「ふっ!」

路面がひび割れる程の力強さで踏み締め、空を飛ぶ彼女。
まるで銃弾のような速度で、少女に迫るソアレ。

地面に落ちるまで、建物あと2階分といった所で、真横から飛んできたソアレが少女を掴まえる。
彼女は空中で剣を1本引き抜き、命気を纏わせた左腕で地面に向けて剣を振るう。
生み出された突風が2人の体を包み、地面に何とか着地した。

辺りに大きな音が響く。集まってくる町民達。

その中には、ソルと呼ばれた子どももいた。起き上がるソアレと飛び下りた少女。

震えながら固く目を瞑っていた少女がゆっくりと目蓋を開ける。

「……あ、あれ?わたくしは」

桃色のウェーブのかかった長い髪に白いドレスを着た、何処か気品のある少女が首を傾げる。
それを見て溜め息を吐くソアレ。彼女の左腕は明らかに折れていた。

集まった町民達の中には胸元にハートのマークが刻まれた兵士もいる。

「不味いわね」

丁度その時、町民を掻き分け、執事服を着た初老の男性が現れた。

「パーヴィお嬢様!」

「あら、バス?」

現れた男性を見て少女が声を上げる。

「ここでは人目もありますので、一旦屋敷の方へ案内させて貰っても?」

「改めてパーヴィお嬢様を助けて頂きありがとうございました。私はお嬢様に仕える執事のバスと申します」

豪奢な応接間の中央で、椅子に座ったソアレとソルに頭を下げる初老の男。

「何で死のうとしたんだ?」

「……」

ソルの問いに、椅子に座る少女は何も答えない。

「私はともかく、ソアレには聞く権利があるだろ」

「あたしは別にいいよ」

「でも……」

「私が代わりにお答え致します」

執事服の男が前に出る。

「資産を騙し取られた?」

「はい。パーヴィお嬢様はこの町、ミドスでも有数の名門貴族、ニザミ家のご令嬢なのですが……」

少女の顔色を窺う執事。

「先日、パーヴィお嬢様のご両親が事故によってお二人とも旅立たれまして」

「それは……」

言葉に詰まるソル。

「それでお二人の遺産をパーヴィお嬢様が相続する事になったのですが……」

咳払いをする執事。

「見ての通り、パーヴィお嬢様はまだ幼く。資産を預けようという話になったのです」

「その相手に?」

「はい。ですが、お嬢様は全く悪くありません。これはその相手を紹介してしまった私の不徳の致すところです」

目を伏せる執事。

「最早、お嬢様の手元に残ったのはこのお屋敷のみとなったのですが、お嬢様の将来を考えるとこの屋敷も売るほかないと私がお伝えした所……」

「はぁ……」

溜め息を吐くソアレ。

「それで時計塔から飛び下りたの?馬鹿みたい」

「ソアレ?」

彼女の態度に目を丸くするソル。

「……さい」

「へ?」

ソアレの折れた腕を見て何かを呟く少女。

「本当に……ごめんなさい……」

少女がソアレに向けて深く頭を下げる。

「……」

「腕が折れただけじゃなく、その顔色……」

生気のない、異常な程に白い肌のソアレを見て涙ぐむパーヴィ。

「本当にごめんなさい!早く病院にぃーー!」

わんわんと泣き始める少女。

「ソアレ?」

無反応のソアレに問い掛けるソル。

「あっ!ごめんごめん!こんなの大したことないから!」

いつもの調子に戻ったソアレが、問題ないといった感じで折れた手を振る。

「ほらっ!ゴキッ!」

「ひえぇぇぇ!」

聞いたことのない音を出しながら腕を戻すソアレを見て、悲鳴を上げるパーヴィ。

「ソアレあんまり怖がらせるような事は……あれ?」

白目をむいて尻餅をつきながら、泡を吹いて気絶するパーヴィ。

様子を見に少女へ近付いたソルの足が水で濡れる。それは少女が座っている場所を中心に広がっていた。

「マジかよ……」



「せめてものお礼に今日はここにお泊まりください」

バスが頭を下げた後、ゲストルームの扉を閉める。

部屋に沈黙が訪れた。

「どうしたの?」

椅子に座るソアレがソルに問い掛ける。

「さっきのは何だったんだ?」

「さっきの?」

「馬鹿みたいって奴だよ」

三日月のイヤリングに触れるソアレ。

「あたしは単に、生きる気のない人間を手助けする気になれないだけよ」

「なら何で助けたんだ?」

「それは……」

「盗賊相手に死ににいくような事をした私を助けたのも、ソアレだった」

「……」

「このままあの子を放っておいていいのかな?」

「あたし達には関係ないでしょ。それにあんただってそんな事に構ってられないんじゃない?」

「それは……」

「この町を越えた所に、お婆さんの身体がある筈なんでしょ?本人の持ち物がなければ命同石も使えない」

ソアレが立ち上がり、ソルの前まで歩いてくる。

「放っておく時間が長い程盗賊や魔物、それ以外に荒らされる可能性が上がるのよ?」

扉に向かうソアレ。

「今回はあたしはパス」

ソルが止める間もなく彼女は部屋を出ていった。

「あの」

屋敷の中を歩くソルに声を掛けるパーヴィ。

「えっと、パーヴィさん?」

「パーヴィで構いませんわ」

「じゃあパーヴィで。どうしたの?」

「先程の話を訂正しておこうかと思いまして」

「訂正?」

「はい。資産を騙し取られたのは、バスではなく、わたくしが全て悪いのです」

「どういう事?」

「わたくしは小さい頃からお父様お母様にとても大事にされていました」

壁に掛けられた笑顔溢れる家族写真に手を伸ばすパーヴィ。

「それが過保護だと分かっていながら、わたくしはそれに甘んじていました。だからこそ」

彼女は写真に触れる直前に手を引っ込めた。

「2人が亡くなって初めて、自分がいかに世間知らずだったか、思い知らされたのです」

胸元で拳を握り締めるパーヴィ。

「変わらないといけないと分かっていながら、わたくしは歩みを止める事を選びました。だからそんなわたくしが全て悪いのです」

「……」

胸元の懐中時計に触れるソル。

「わたくしはこの通り、酷く臆病です」

自らの格好を茶化すパーヴィ。彼女の服は先程のドレスからパジャマに変わっていた。

「家も何もかも奪われるなら、両親との思い出の時計塔で最期を迎えようと思ってしまうくらいに」

彼女に何も言えないソル。

「つまらない話に付き合わせて、本当にごめんなさい。今日はここでゆっくりと過ごしてくださいね」

笑顔でそういった後、彼女は去っていった。

(私に何が出来るんだ?いやそもそも関わるべきなのか?)

パーヴィの事を考えながら、ミドスの町を1人歩くソル。

(あれは)

ソルの視界に執事バスと、胸元にハートマークが刻まれた兵士が遠くでやり取りしているのが映る。

(何してるんだ?というか)

辺りを見回すソル。そこには町民に混ざってハートのマークの兵士がいた。

近くで噂話をしている女性達の会話がソルの耳に入る。

「何でこんなにクラージマンの兵士が?」

「仕方ないですわ。私たちは負けたんですから」

「だとしても、ファーマーの小さな町にどうしてこんな」

「何か探している物があるとか」

ソルの脳裏に以前盗賊が言っていた言葉がよぎった。

(クラージマンの英雄……)

窮地から自分を助けてくれた三日月のイヤリングをした女性を思い出すソル。

「やっぱりこのまま、パーヴィを放っておくのは何か嫌だ!ソアレともちゃんと話したい」

彼女を探して走り出すソル。

「ソアレ!」

町中を1人歩くソアレを見付け、声を掛けるソル。

だが……。

「止まれ!」

その叫びと共にソアレとソルそれぞれがハートのマークの兵士達に取り囲まれた。

「なっ!?」

背後から地面に押し倒されるソル。

ソルの視界に取り押さえられるソアレが映った。

「何で?ソアレはクラージマンの英雄なんだろ!」

「ハハッ。子どもというのは実に純粋でいい」

中年の髭を蓄えた男が兵士の間から歩いてくる。その胸元にはハートのマークが刻まれていた。

「彼女は英雄なんかじゃない。戦争から逃げ出した……」

ソルの耳元に近付く男。

臆病者だよ

そして……。

ソルの前でソアレが捕まった。

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