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『ビジネスという名の勇者』第2話


 大人すら震え上がるような状況で、まだ実戦経験すらない1人の少女が、震えながら同級生を助ける為に一歩踏み出したのを見た時……。

 俺はそこに小さな、ほんの小さな希望の欠片を見た気がした……。

(……と、思ったんだが)

 休憩のチャイムが鳴った瞬間、純白の鎧を着た長い桃髪の少女が、星型のネックレスを揺らしながら教室を出ていく。

(まだまだ掛かりそうだな)

 その様子を青色の空飛ぶボードに横向きに寝転がりながら見ている長身顎髭の男。
 手袋やトレンチコートなどの厚手の服を着ている彼は、まるで自宅でテレビでも見ているように教室の中央でくつろいでいた。

(いや)

 教室の一角を確認する男。数人の生徒は出ていった少女を目で追っていた。その中には、鋭い目付きの少年もいる。

(少しは変わって来てんのか?)

(やっぱ前言撤回!コイツは変わってる!)

「コルディア先生?」

「タイムお前最近やたら俺に声を掛けてくるな?」

「何かおかしいですか?教え子が先生に会いに来るなんて、普通の話だと思いますけど」

「全然普通じゃないんだよ!」

 自分が寝転ぶボードを勢い良く叩くコルディア。
 それもその筈。彼女は教室以外でも、校内や職員室、食堂や寮前、果てはお気に入りの日向ぼっこスペースで寝ていた彼の前にも現れていた。

「何?お前俺のストーカーになったの!?」

「ストーカーだなんて、イヤだなぁ。ただ私は、昔から探すのも隠れるのも少し得意なだけですよ」

「お前、めちゃくちゃ怖いこと言ってる自覚ある?」

「私は至って普通の生徒ですよ」

(その普通、最新版への更新忘れてねぇか?)

 笑顔で普通と答える彼女に頭を抱えるコルディア。

(元々真っ直ぐな気はしたが……あー、もうめんどくせぇ)

 彼は考えるのを止めた。

「じゃ、問題。世界各地に魔王が点在しているにも関わらず、何故都市がここまで発展出来たか?」

 教室前方のスクリーンに大きな地図が映し出される。そこには6つの大きな街が表示されていた。

「はい!」

 真っ直ぐに左手を挙げるタイム。他の生徒は誰も反応しない。

「他に分かる奴は?」

「先生、はいっ!」

「……あー、じゃタイム」

「はい!魔人や魔物と違って、魔王が生まれ落ちた場所から殆ど動かないからです」

「正解だ。奴らは一部を除いて移動しねえ。それに併せて、各地の勇者達の尽力と、六大企業の技術力によって今の都市は成り立ってる」

 空飛ぶボードで教室内を漂ったままコルディアは話す。

「まぁ後の2つに関しては、お前らの方が詳しいだろうがな」

 教室の後方、勇具が格納されたボックスを指差す男。

「ふぁ……疲れて来たから、早速今日の本題を話すか」

(授業開始からまだ5分しか経ってないんだけどなぁ)

 心の中でツッコむ生徒達。

「勇者になる上で、認定試験は一番ポピュラーではあるが、最も難易度が高い」

 彼の発言に、星のネックレスを握る者や、首の後ろを擦る者、ソワソワしだす者など、各々の反応を見せる生徒達。

「試験は1ヶ月に渡って行われる。その間に3つの条件を全て達成出来れば合格だ」

「肝心のその条件だが、ランクI以上の魔物を5体以上討伐する。ユニオンの依頼にてアチーブメントを100まで貯める」

 ボードの上であくびをしながら続けていく男。

「そして3つ目……これが認定試験が最も難易度が高いと言われる所以だ」

 教室の空気が、がらりと変わる。

「魔王を1人討伐する」

 直前の穏やかな雰囲気が嘘のように静かになる教室。

「先程言った通り、魔王は殆ど生まれた場所から移動しない。この意味分かるよな?」

 まるで着の身着のまま、荒れた雪山に放り出されたような空気……。

「魔王を倒す為に、魔物や魔人が溢れる本拠地に自ら赴く……」

 寝転んでいた筈の男が、いつの間にかボードの上に座っていた。

「死にたくないなら悪いことは言わねぇ。勇者になりたいだけなら、別の方法を考えろ」

 普段自堕落な彼が真剣な表情をしているのが、事の重大さを物語っている……。

「制限付きだろうが、才能さえあればなれる他の方法のが、死ぬよりよっぽどマシだからな」

 静寂の教室に、生徒達が息を呑む音が響く。その様子を一通り見た後、再びボードの上に仰向けで寝転がる男。

「まー、真面目な話はここまでにして」

 頭の下に両手を置きながら、足を組むコルディア。

「明日の市外実習についての話だ。これは試験内容の1つ、ランクI以上の魔物の討伐を想定して行われる実習だ」

 その話にざわつく生徒達。

「まぁ、今のお前らにランクI以上討伐は何があろうと不可能だから、今回は……」

 片目で彼らを見ながら男はこう言った。 

「サーナン近辺にあるオークの森でランクAの魔物を討伐して貰う」

 放課後、校舎外にある模擬演習場。その一角に、森林内での戦闘を想定して造られたフィールドがある。

「あー、今度は何してんだタイム?」

 巨木の枝の上にボードごと寝転んでいるコルディアが、生徒に向けて質問する。

「修業中です」

 その場所には、木に剣がぶつかる音だけが響いていた。音が鳴る度、男の前髪が揺れる。

「私、タワーの時に気付いたんです。まずは目の前にある事から、少しずつ一歩を踏み出していくんだって……」

 気のせいか、音と同時にコルディアの体も振動している。

「いや、そういう事じゃなく」

 木の根元にタイムの振るう剣がぶつかり、木の上にいる男の視界が揺れた。

「何でそれを俺が寝てる所でやってんだよ!さっきからガンガンガンガン、全く寝れねぇーんだよ!」

「ち、違いますよ!今回は本当にたまたま修業に使っていた木が元々これだっただけで……」

「だからって、寝てる奴がいるのにそのままやらねぇだろ!」

「す、すみません!だけど……」

 タイムが胸元のネックレスを握った。

「明日までに、これを倒したくて……」

 彼女はコルディアの寝ている木を指差す。

「はぁ……明日は朝早い。とりあえず今日は寮に帰れ」

 面倒くさそうに頭をかきながら、男はそう言った。

「分かりました」

 帰っていくタイムの後ろ姿を見送った後、木から下りて根元の周りを確認するコルディア。

(……やっぱり先は長そうだ)

 何日掛けたのか、巨木の根元には剣で出来た無数の傷があった。そのどれもが真っ直ぐで、捻りの欠片もない。

(だが……)

 根元のある部分で足を止めるコルディア。それは、彼が木の上にいた際にタイムが剣で斬りつけていた場所だった。
 幾度も、ただ真っ直ぐに剣が当たったその場所が、大きく抉れている。
 軽く男がそこに触れた瞬間、大きな音を鳴らしながら、巨木が倒れた。

「……あれ?これもしかして俺が理事長に怒られる奴じゃ?」

 鬱蒼とした森の前に、流線型の乗り物が滑るように停まった。
 そこから、剣や槍などを携えた生徒達19名がずらずらと降りてくる。その最後尾に、空飛ぶボードに寝転びながら乗ったコルディアがいた。

「ふぁ……皆、位置情報をリンクしたプレートフォンは持ってるな?」

 彼は手のひらサイズのプレートを見せるように持ち上げながら生徒達に質問する。彼らの反応を見て大丈夫だと判断する男。

「制限時間は1時間。これからペアを作って各々森に入り、ランクAの魔物討伐に励んで貰う」

 手に持ったプレートを怠そうに振りながらどんどん話を続けていくコルディア。

「魔物討伐後はプレートフォンにて写真を撮って送れ。それを実習の合格条件とする」

「1時間以内に条件未達成、もしくは達成してもここに帰っていない。併せてプレートで緊急コールを押した奴も不合格とする」

「めんどくせぇがそいつらは俺が回収しにいく」

「先生心の声漏れてます」

「ここに住んでいる魔物については既に授業で教えたが、分からない奴はプレートフォンに入れた図鑑で確認しろ」

「注意点は2つ。ここはサーナンの周囲や中と違い整備されてねえ。そんな場所での戦闘、相手がランクAばかりとはいえ油断するな。後は……」

 真剣な顔付きになるコルディア。

「もしランクA以外の魔物と接触する事があったら、絶対に逃げろ」

 話が終わり、それぞれが準備を始める。

「じゃ、俺は1時間ここで寝てるからお前ら適当に頑張れよ~」

 そう呟きながらも、彼はタイムを横目で見ていた。

(問題はペアだな。ソウは無理だとしても、ハナやレン、アキナ辺りならタイムと……)

「先生ー!今日マツバが欠席なんでクラスは19名しかいないです」

「マジかよ……」

「いやー、まさか余った私が先生とペアになるとは」

「お前自分の状況分かってる?」

「分かってますよ。オークの森は、コボルトやマインイーター含めランクAが殆どですが、唯一Bのオークに気を付けないといけないんですよね?」

「いや、そういう意味じゃなくてだな」

「それにしても、ここ足元見辛いですね」

 そこには、草や花が膝の辺りまで伸びている。

「あー、こういう所にはマインイーターのトラップがあるから、気を付け……」
「先生!何かここにありま……」
「え?」

 突然植物のツルのようなものに腕を掴まれたタイムが、地面を引き摺られながら凄い勢いで森の中に姿を消した……。

「あ、危なかった……」

 剣を鞘に収めるタイム。彼女の足元には切断されたツルがある。

「とりあえず先生と合流しないと」

 タイムは森の中を歩いていく。

「あれ?これ……」

 そこには、長方形の大きな鉄の塊のような物が地面から伸びていた。

「そっか。ここ遺跡の上なんだっけ」

 鉄の塊を軽くノックするタイム。

「あの木よりも遥かに硬い。いつかこれも斬りたいな……」

 ――その時だった……。

 突然、長方形の鉄の塊に大きな影が落ちる。
 タイムが反応するより早く、横向きに力強く振られたこん棒が彼女の背後にあった鉄の塊を歪にひしゃげさせた。

 目を見開きながら、尻餅をつくタイム。そこには……。

 ――緑色をした3メートル程の巨体。オークが立っていた……。

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