AIは死を恐れるのか #noteフェス
「AIは死を恐れるのか」
「AIに心は宿るのか」
noteフェスで、AIの研究者である松尾豊さんに対して質問があった。
以前から、こういったAIの質問に対して「不思議だなあ」と思っている。
人はAIのことを「人」に近い存在として感じているのかな?と。
この質問に対して松尾さんは、
「死も恐れないし、心も宿らないけど、そうやって教えればそれらしい振る舞いはする」みたいなことを答えていた。
私もずっと、素人ながらそれ以外の答えはないと思っている。
なので、ドライな感じで事実を答えてくれて嬉しいなと思った。
けれど、こういう質問が今もなくならないのは、人はAIのことを怖がったりする割には、人格を持たせたがっているのだなあと。
もしくは、AI=ロボット=人型、みたいなイメージができているのかな?
AIは人みたいであって欲しい、という願いすら感じる。
AIって人と全く別次元のもののような気がするのだけど、もしかしたら「わからないもの」って自然と「自分に近いもの」に変換して考えたくなるのだろうか。
「わかりたい」=「心を通わせたい」と同義なのだろうか。
AIによって人には時間が生まれ、その時間をAIと共に過ごしている。
未来の話ではない。
良いのか悪いのか、好きか嫌いかは関係なく、AIと人はすでに共存しているし、これからもしていく。
もしかしたら、「心を持った(ような)AI」という、ファンタジックなその願いは、いずれ「叶ったように」見える時代が来るのかもしれない。
それはそれで面白いなあと思う。
未来が楽しみ。
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