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ただ手が繋ぎたかった。

一週間。夜はくたくたになるまで笑って喋って働いて、朝、目が覚めると涙が出てくる。自分が何に泣いているのか分からないけど、何かを失っているという喪失感だけが続く。
駅の改札口を見ていると、たくさんの人が流れ出てくる。待ち合わせの相手を探していても、わたしはこの中の誰とも恋に落ちないなと思う。

17歳の冬。
ほんの少しの間だけ付き合った恋人がわたしは大好きだった。高校の文化祭の日、祖母が亡くなった知らせを聞いて教室の出し物の舞台裏で隠れて泣いていたわたしのとなりに静かに座っていてくれた。彼が観たいと言ったホラー映画に観たくもないのに着いていって、ひとつの飲み物を2人で飲んでドキドキした。大晦日にクラスの皆で出かけて初日の出見て初詣行って、解散したあともまた会いに行った。離れるのが嫌で終電に乗ろうとする駅の改札口で、手を掴んで帰れなくなって、夜じゅう歩いた。
彼の美味しそうにご飯を食べる姿が好きだった。あんなに好きだったのに、彼は仲の良い友達の好きな人で、自分から別れたいと言った。
バレンタインに渡すはずだったチョコレートは渡せずに、わたしはショックで声が出なくなった。

傷つくのが怖くて余計に自分も相手も傷つけた。
何年か経って再会したとき、「俺はあの時、あなたに、ちゃんと人の目を見て喋りなさいと言われたから、人付き合いがうまく出来るようになったよ。ありがとう」と言われた。
まだ好きだったけれど、わたしが好きなのは17歳の彼で、17歳のわたしがその彼を好きなことに気づいた。
今はもう17歳の自分の気持ちも思い出せないけど、時々、高校生になった自分の夢を見たときと、毎年4月、彼の誕生日にだけその人のことを軽く思い出す。

人の気持ちは変わる。
だから、今の気持ちも永遠じゃない。変わっていく。始まりは、ただ手が繋ぎたかった。
今はもう、彼がいなくても平気。あんなに抱っこをせがんだ子どもたちも、今は「ママ帰って来なくていいよ」と平気で言う。
居ないことに慣れる。不在。居ないことが普通になる。習慣だっただけだ。
誰かが居ないことに人は慣れていく。そして時々思い出して、思い出は美化されて、ああ、あの人が居た頃はよかったねと平気で言えるようになるだろう。




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