見出し画像

愛しい痛み

「もう一度会いたいと願うのは 痛みさえ愛しいから」
インドのデリーのことを思い出す度、Exileの『Lovers Again』のこの一節が脳裏に浮かぶ。
しつこく後をつけてくるおじさまや、トゥクトゥクで全然違う場所に私を連れて行った詐欺師(街全体に詐欺やぼったくりが横行しているようだ)、深夜までクラクションがホテルの客室内まで届いて落ち着いて眠れなかった夜、マスクをしていないと高確率で喉がやられそうな空気の悪さ…今まで旅した中で、デリーがダントツで居心地悪かった。しかし同時に、一番感動した。
理由は、二つある。一つ目は、そのような中でも、「こっちだよ」と駅の通り道を指し示してくれる人や、フレンドリーに接客してくれるレストランの店員さん、焚き火を珍しそうに見ていると「あったかいよ。お前も当たったら?」と声をかけてくれる通行人等、親切に触れられたこと。みんなが親切な場所もそれはそれでストレスフリーだと思うけれど、私は嘘やぼったくりの中で自分の良心に従って行動することに尊さを覚えた。

二つ目は、小さな頃に出会って、短い間ながら強いカルチャーショックをもたらしたインド人を思い出したから。小学生の頃ボランティアによく行っていたシーフェアラーズクラブ(海外から来た船員さん方の憩いの場のようなところ)で、カウンターの内側からぼうっと船員さん方を見つめていると、突然ボランティア仲間からインドのお金(1ルピーコインとかだったと思う)を渡された。唐突にこちらに飛び込んできた事象に驚く。「あのインド人の船員さんからだよ」と彼女が指し示す先には、カウンターを挟んで斜向かいに座った、無表情にこちらを見つめる彫りが深く浅黒い顔立ちの男性の姿が。当時ヒンディー語はおろか英語もあまりわからなかったので、言葉で感謝を伝える代わりに(サンキューくらいは言ったかも知れないけど)お礼のつもりで精一杯微笑んで見せると、彼は心ほぐれた…様子もなく、頷いたりリアクションするでもなく、ポーカーフェイスでこちらを見つめ続け、それまで出会ってきた欧米人や南米人とは全く違う「揺れない」ものを感じ、困惑したと同時に、難攻不落のお城に攻め入ろうとする兵士のような高揚感を心のどこかで覚えた。そんな、強烈な他者との出会いだった。彼は悪い人ではなさそうだったし、好意でお金をくれたんだろうし(お土産みたいな感じ?)、悪意は感じられなかったけれど、無言かつ無表情で、怒っているのか仲良くなりたいのか眠いのか楽しいのか全く気持ちが読み取れず(今の私ならもうちょっと読み取れたかも知らないけど)、ずっと真意を理解できないまま歳を重ねてきた。
しかし、実際デリーはじめインドを旅する中で理解できないことや理解を超えたことが沢山起こり、そして恐らく向こうにもこちらの意図や考えがうまく伝わっていないと思われる瞬間も何度かあって、自分なりに少しわかってきた。きっと、まったくと言って良いほど自分とは違う文化や世界に生きている(例:あまり無闇に笑いかけたりしない)んだ。「はい」「いいえ」の仕草すらも日本とかなり違う彼の国で、自分の習慣や思考の癖を一つ一つ見つめ直し、再構築していった。まだまだインドには底知れなさを感じるけれど、あの時のシーフェアラーズクラブでの体験そしてインド旅行で受けた衝撃を忘れずに、あの船員さんと私の背景にそれぞれあるものを知識として少しずつ自分の中に落とし込んでいきたい。

ひどく汚い嘘の中でも、自分の良心に従って行動すること。自分を縛っていた文化や習慣を見つめ直し、疑い、再構築すること。インドで得たこれらの学びは、騙されたり理解を超えた事象による痛みから生まれた。これからも、このように自分を成長させたり遠い記憶を残すための大切な「痛み」を、沢山経験していきたい。

トゥクトゥクの運転手さんが詐欺師だったことに(まだ)気付いておらず呑気に子どもたちの写真撮ってた🤳
ニューデリーはパハールガンジのこういう良い感じに荒れてる一帯に沢山ときめいた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?