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私たちは「戦争」を理解しているか〜戦争体験を取材して思うこと〜

「デマが浸透しているな」と感じたのは、戦争体験者に取材を始めてすぐだ。

13年ほど前、特攻隊について調べ始めた。知覧や遊就館へ行き、大戦関連の本を読みあさった。そしてある日、テニス誌の取材で、当時日本テニス協会会長だった盛田正明さんに取材をした。
「僕は特攻隊の生き残りなんですよ」と盛田さんが言った。
学校に将校が来て、国の危機だと言われた。「自分が国を守らなければ!」と思ったという。中学校を中退して予科練に入った。「生まれてからずっと日本は戦争をしていたから、自分は戦争で死ぬんだと思っていたんです」と言う。

よく特攻隊というと、
「みんな、大麻を吸ってフラフラになりながら飛行機に乗ったんだ」
などと言う人がいる。
しかし特攻で出撃したのは4000人以上。「みんな」などと大きな主語で語れるものだろうか。
もちろん、前日に大酒を飲んで女を抱いて、暴れていたという話も聞く。だが「みんな」と言われると盛田さんの「自分が国を守らなければ」「戦争で死ぬと思っていた」という言葉ともギャップを感じた。出撃を志願した人もいれば、嫌だった人もいる。いろいろな人がいるのは当たり前だ。

もうひとつ思うことがある。特攻は確かに、現代の感覚からすればあり得ない話だ。国民あっての国なのだから、国家よりも個人が尊重されるべきだ。でも当時の状況を、今の感覚で論じていいのだろうか。人の思考や感覚は、生まれた環境と教育によって変わる。今私たちが感じる当時の状況と、当事者の感覚とは違うのではないか。

こうして私は「彼らの当たり前が知りたい」と思い、戦争体験をいろんな人から聞き始めた。4年ほどの積み重ねが実り、7月21日に『わたしたちもみんな子どもだった〜戦争が日常だった私たちの体験記〜』(ハガツサブックス、1500円税別)にまとめることができた。

話を聞いていて感じたのは、みなさんが淡々と当時の悲惨な状況を語られていたことだ。まる焦げの死体があった、家が燃えた、銃で撃たれた……凄惨な話が、何事もなく語られる。

悲惨さを訴えないからといって、戦争を肯定しているわけではない。「戦争は絶対に起こしてはいけない」とは、取材した全員が言っている。

「戦争はいけない」ことを教えるのに、「戦争の悲惨さ」を伝えるのは、あまりにダイレクトではと思うようにもなった。学校で教わるような反戦教育にはもう食傷気味だったこともある。戦争を知る入り口は、もっと身近なことでいいのかもしれない。

どんな話も新鮮だった。満州から引き揚げてきたかたも数名いた。知識として知ってはいても、「満州は本当にあったのか!」と思った。そこでの生活が非常に近代的だったことにも驚いた。

陸軍と海軍で見えていたものや考え方が違うことも、数名のかたのお話から察せられた。空襲の跡を見物しに行った話も複数聞いた。いつの時代も、子どもは好奇心が旺盛なのだ。少女歌劇が大好きだった女性の話など、現代でも共感できる人は多そうだ。

こうした活き活きとした生活の話は、どんな些細なことでも非常に興味深かった。

「サハリン残留」という問題を知っている人は多くないだろう。ロシアと分割して共有していた樺太(ロシア名サハリン)は、戦後ソ連領となった。日本が返還を訴える北方領土は隣だが、樺太は含まれていない。終戦間際、1945年8月9日に、ソ連は国教を破って侵攻してきた。それまで空襲ひとつなかった樺太で、戦争が始まったのはいわゆる終戦後だ。40万人と言われる住人の大半は引き上げてこられたが、残らざるを得なかった人たちが400名ほどいた。そのうちの一人、近藤孝子さんにお話を聞いている。なぜ、彼女は日本へ帰れなかったのか。ソ連とはどんな国だったのか。なぜ彼女は、日本語に加え、朝鮮語、ロシア語が堪能なのか。すべては「樺太」という特別な地に理由がある。

仲間に次々と出撃命令が出て、耐えきれず3回も「自分も行かせてくれ」と直談判したのは、茶道裏千家の全家元である千玄室さんだ。訓練の合間にも乞われてお茶を振る舞い、仲間を見送った。敗戦の無念はどれほどだっただろう。日本文化を背負って立つ責任は、どれほど大きかったか。戦後になると、父親がアメリカ人にお茶を体験させていた。それを見て「文化は負けない」と感じたそうだ。こうした体験が、世界で茶道を広めるべく活動するきっかけとなった。

さまざまな立場で、さまざまな場所で聴いた「玉音放送」は、彼らの胸にどう響いたのだろうか。

本書では、戦後復興までの体験を語ってもらっている。「戦争」をひとつの区切りとして知るのではなく、昭和の流れの一部を感じてほしい。

ほかにソニー元副社長の盛田正明氏、淡路島で終戦を迎えた少女、シベリア抑留体験者など、総勢18名の戦中・戦後体験をまとめている。

公式サイトでは、目次やイベントなどの詳細・最新情報を掲載している。


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