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飛行記 - 窓の外

わたしを乗せた飛行機がハネダを出発した。東京湾の水面や埋立地に落ちた飛行機の影が、そのかたちを怪しむようになぞっている。

ナリタが畑のパッチワークなら、ハネダはコンテナレゴの縮尺模型だなと思う。

この眼下の景色を初めて見るような気がしている。ナリタを使うことが多かったからか、ハネダを使うときは西ばかり目指していたからか、あるいは窓際の席に座るチャンスがなかったのか、思い出せない。海と陸地の直線的な境界を目で追っていると、前方から「ディズニーランドがあるね」と聞こえて、驚いた。自分のこの視界に、自分の知っているものがあるという可能性をほんのすこしも考えていなかった。驚いた。見えていても、見ていないものがほんとうに多い。

飛行機は札幌に向かっている――否、札幌に向かっているのはわたしで、飛行機が向かっているのは新千歳空港である、と頭の中で訂正。離陸から20分ほどで雪を冠った山脈が見えてきた。雲間に覗く白地のパッチワークは、やわらかい輪郭をした雲の影を模様にして、ブルーグレーの糸で縫い合わせられている。

頭上の空と足下の雲の境目がわからない時間が長くあって、唾をのんだ。やがて「空」にも薄い雲がかかり、それまでの「雲」は雪原に変わった。その雪原の隙間からほんものの雪原が覗く。見ているものが見えているものと同じにならないこともあるのかと、分からないことがさらに分からなくなっているあいだ、耳栓の向こうでは客室乗務員の声があと十分ほどで着陸する旨を告げる。窓の外で丸裸になっている木枝と雪のコントラストがきれいだった。徐々に木は減り、ぽつぽつと短い枝を持った植物が増えて、あれは何の植物だろう、と思いはじめたところで、機体が揺れて、飛行機が無事に着陸した。

広い滑走路の、飛行機が滑走しないエリアに雪が積み上げられていて、わずかに残った雪の粒がランディングギアで巻き上げられている。雪のせいで視界にうつるものが特別に見える。

北海道に来た。


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