見出し画像

ソラノカナタ アナタノカケラ 〜episode.3.0 エヴレスト・ゾングル

 
【episode.3.0    エヴレスト・ゾングル】


男は幾度も  女の記憶を"洗った"。

幾度も  幾度も。

女は逆らうことなくそれに従った。

…………だが

洗っても洗っても

なぜか、

女は 飼い慣らされているはずが いつの間にか

ごく自然に こころが離れて行くのだ。


従順に 男のことだけを見ているはずが

いつの間にか  男を見る目が 白むのだ。



男にはそれが 不愉快だった。


代わりの女━━Femaleタイプは他にもいるし

別にその女ひとりにこだわる理由もないはずなのに………

自分の思い通りにならないことが

極めて不愉快だった。



そしていま

何度目かの"クリーニング"を終えた女が

まさに眠りから覚めようとしていた


いままでもそうだったように

目覚めて最初に見るのは、自分でなければならない。

自分が主だと教え込まなければならない。

今度こそ………………今度こそ。



台に横たわる  白い顔をした女の睫毛が かすかに震えた。

頬に赤みが差し、生気を宿す。


[間もなくです]

女の記憶をクリーニングしたメディカルスタッフが声をかけた。

「下がれ。邪魔だ」

[………………………はい]

本来ならば意識レベルや様々なコンディションを確かめたいのだが

男の苛立ちに気圧され、スタッフは黙って下がった。

……………このやりとりも 何度も繰り返されている。



「起きろ」

見下ろしたまま 男は声をかけた。

「起きろ……!」

2回目は語気が荒い。


女の瞼が ゆっくりと開いた。

髪と同じ 淡い鴇色の瞳が光をともす。

二、三度またたいて

ふたつの目は、傍らに立つ男に向いた。

「出来損ない。お前の主はわたしだ。いいな」


男は 赤い瞳を一層燃やし 女の眼を見た。


「Tehrma2021082……マスターの声紋を認識いたしました。これより わたくしTehrma2021082はあなたの端末としての職務を開始いたします」
女は機械的に答えた。


男は

満足したのか否か……


ただ、今度こそ。

今度こそ 意のままに。



「今日からお前のことは『エル』と呼ぶ。
エル、仕事だ。行くぞ」



「はい、マスター」





男をそう呼んだ頃 女は微笑んでいた。
柔らかな声が まだ耳の奥に響く。

彼だけを見ていたはずだった。
慕われていると思っていた。

…………………なのに。




男は振り向かずに歩き始めた。

後ろから来る足音を確かめながら。



男の名はエヴロスト・ゾングル

オリオン宇宙艦隊の一部隊を率いる将軍。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?