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Webライティングは「やりたいこと」をすべて叶えてくれた。

これまでの私のキャリアは、順調でなかった。新卒で勤めた会社は1年で辞めてインド横断の一人旅に出かけたり、ブラックな広告代理店で働いて心身を崩したり。

当時はまだ珍しかった転職を何度もして、私の職務経歴書を見た面接官に「あなたは何がしたいのですか?」と呆れて言われた。

ほとんどの会社は1年で退職。長く続いても2年ほどだった。

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振り返ってみると、フリーランス自体はなんと8年になる。セラピストやカウンセリングの仕事が5年、Webライターが3年で、フリーランス生活の中でも「転職」をしているのだけれど。

Webライターの前に取り組んだカウンセリングの仕事は多分「天職」だったと思う。何か私を突き動かす大きな情熱や衝動に押され、勢いで始まったフリーランスで、奇跡的にうまくいった。

それでも、今のWebライティングを中心とした仕事や生活が一番充実していると感じていて、それにはいくつか理由がある。

大学院へ行く夢をカバーしてくれた

私の周りは大学院に通っていた人が多く、学生時代からなんとなく私もいつか大学院に行くのかな、と漠然と考えていた。

でも、特に大学院で研究したい内容がなく、社会人になってから翻訳学校や専門学校、さまざまなクラスに通ってスキルを身に付けたので、大学院に通う理由が見当たらなかった。

そこでWebライティングの仕事を始めたところ、BtoBの企業向け記事でさまざまな業界や職種、ITツールについて掘り下げることができ、なんだか「大学院に行きたい=研究したい=文字に囲まれたい」という欲が満たされたようだ。

Webライティングから派生し、海外の大学教授が書いた論文を日本語にまとめる仕事もしていて、アカデミックな分野も取り組めているからいいのかもしれない。

「いつか大学院に行くかも」というあやふやな夢はなくなり、「目の前の仕事に取り組もう」と形ある現実に変わっていった。

子供の頃からのやりたいことができた

ずっと「結婚後は家で働きたい」というのが夢だった。親が共働きで子供の頃から寂しく、自分に家族ができたら家で翻訳の仕事をしよう、とずっと思っていた。

中学生の頃は翻訳家にも小説家にもなりたかったし、家で働きたかった。今となっては小説家ではないけれど、Webライティングや翻訳の仕事で外国語や日本語と向き合えている。

転職や企業、カウンセリングなどさまざまな仕事を経て、やっと自分の基礎の部分に戻って来れたような気がして嬉しい。

会社員でなくても企業と関われる

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天職だと思っていたカウンセリングやセラピストの仕事は、私にとてつもない幸福感を与えてくれたのは事実だけど、同時に「何かが欠けている」とも強く感じていた。

セラピストを完全に辞めて、Webライティングの仕事をしている今ならわかる。それは「社会との関わり」だ。

フリーランスでやっていたセラピストは完全に個人向けの仕事だったので、企業と関わることはほとんどなかった。クリニックと関わったことはあったけれど、法人とは違う。

対個人向けで働く中で、「社会人としての私」がどんどん欠落していく気持ちは危機感へと変わり、日に日に大きくなっていった。

セラピストを辞めて1年海外で暮らし、帰国して就職。そして結婚して今に至る。「就職」「結婚」という社会的な制度を経て、フリーランスで今はさまざまなクライアントワークをこなしている。

そのおかげで「社会的な自分」を形成でき、安心感を取り戻した。やっぱり人は社会的動物なんだ、と実感した。

そして「天職」は多くの人が憧れるほどパーフェクトではない、そんなことも学んだ出来事だった。

私に多くのものを与えてくれているWebライティングという仕事。その機会を提供してくれる会社と社会に感謝して、これからも取り組みたいと思う。


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