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自立支援医療の更新に行ってきた ~小五のときの担任へ向けた手紙として~

 謹啓、たくさんの雪を見飽きて久しい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 一月もまだ半分さえ過ぎていないというのに、街の気温はプラスの10度を超えています。溶けた雪で道路はぐちゃぐちゃ、水が染み込んだブーツの中は、さながら小さな湖です。
 そんななか、えっちらおっちらお散歩がてら、自立支援医療の更新をするために地元の役所へ行って参りました。
 マイナンバー制度がはじまってからこっち、所得証明書の発行をせずとも更新が可能となったため、家族五人分、合計千五百円の節約となって有り難い限りです。
 しかし記入作業がゼロにはならないのが世の常というものなのですね。日付、住所、名前、各種番号、その他いくつかの文字を手書きしなければなりません。
 そこでひとつ問題が起きます。
 なにを隠そう隠していませんがこの私、人がいる場所で字を書くことが苦手です。
 どれくらい苦手かというと、ペンを持つ手は「アルコールが抜けたのかな?」とアル中疑惑を持たれかねないほどに激しく震え、両手のひらからは間欠泉の如く汗が噴き出して、ひどいときには記入用紙に穴が開いたり激しく破けたりします。
 最近は加齢なのか体質が変わったのか、手のひらよりも頭皮や額からの汗が多いのですが、それでも記入に支障を来すことに変わりはありません。

 今日も今日とて書類への記入作業がありましたが、人前で字を書いたのが約一年ぶりということもあり、右手はぶるぶると震えて止まりませんでした。これは恥ずかしいぞと左手で抑えたり、手をぶらぶらと振って誤魔化してみたりしましたが、これといった変化はなし。
 なんとなく気まずくなって謝ると、職員の方は「大丈夫ですよ、書き終ったら声をかけてくださいね」とひと言、席を外してくれました。
 こうして私は汚い字で、なんとか必要事項をすべて書き終えることができたのでした。

 さて、そんなわけで小学五年生のときに、大変大変お世話になりました担任の先生様。お元気でしょうか? お元気でないことは存じ上げております。数年前、新聞の物故欄にてあなたの名前を見つけました。
 たとえご存命であったとしても、私のことなど憶えてはいないでしょう。不登校児、ということで記憶に残っている可能性もありますが、あなたが受け持った五年一組は、私を含めて四名が不登校をしていましたものね。その中の誰が私かだなんて、きっと忘れていたはずです。
 いくら不登校が全国的に問題となりはじめていた時期であっても、ひとクラス三十六人のうち四人が該当する、というのはいかがなものかと今なら思います。
 保護者からいくつもクレームがあり、教育委員会にも苦情が上がったはずですが、おそらく大したお咎めもなく終わったのだと推察いたします。そういう時代でした。しかし時代で片付けることは、どうしても私にはできません。

 あなたにされたことを、いくつも憶えています。
 プール授業のときはいつも、女子が着替えている教室に笑いながら入って来ていましたよね。早く終わらないと次の授業に間に合わないなどと言いながら、そのまま椅子に座っていたのは、当時だから問題にならなかっただけですよ。とても良い時代に教師になられましたね。
 ダイエーのゲームコーナーで私を見かけたという誰かの話を聞いて、親と一緒だったという私の主張を「嘘かもしれないから」という理由だけで聞き入れず、授業中ずっと黒板の横に立たせましたね。
 テストを返す時は必ず、頭の悪い例として生徒の誤解答をいくつも黒板に書いては共有し、馬鹿にして笑っていましたね。私は太陽が昇る方角を西と間違えて書いてしまい、その後あなたからバカボンのパパとしばらく呼ばれました。とてもよく憶えています。おかげでバカボンが大嫌いです。

 ほかにもたくさんありますが、私が学校へ行くのをやめる最後のひと押しとなったことは憶えていますか? 学級会の時間でのことです。
 あなたは【○○(私)さんの字がとても汚いので、どうしたら綺麗な字を書けるようになるか】という議題で四十五分間、学級会を開きましたね?
 それ以来私は、字を書くときに手が震えるようになりました。人前で書くときは異常なほどの汗が流れるようになりました。
 二十五歳のとき、通っていた職業訓練の履歴書の添削授業で、もう少し綺麗な字で書くよう指導されたときは授業を受けるのを切り上げて、その後二時間ほどトイレでずっと泣いていました。十五年経っても、私はあなたの開いた学級会による呪いが解けていなかったのです。
 何度も何度も、少しでも綺麗な字が書けるように練習しました。綺麗な字が書けるようになるための本だって何冊も買いました。それでも字は汚いままです。これはもう性分なのだと諦め、それでもときどき思い出したように字の練習は続けていますが、やはり綺麗な字にはなりません。
 最近では読めればいいのだと開き直り、極力字を書く機会を回避して生きています。
 おそらく私の字を見た人は、汚い字だという印象を持つでしょう。でも、あなたのように面と向かって字が汚いと言った人はひとりもいませんでした。
 世の中には、あなたとは違って他人に気を遣える人がたくさんいるのですね。その事実が、開き直りに一役買ってくれてもいます。とてもありがたいことです。

 とはいっても、開き直ったところで手の震えは止まりません。汗も止まりません。
 しかしそれでも、涙を流すような惨めな真似はもうしません。あなたがこの世からいなくなったからです。
 死んだ人を悪く言うのは良くない、とよく言われます。私もまあ、場合によっては同意しないこともないです。
 ただ、あなたのことを悪く言わずに生きることは不可能です。
 私はお前を赦しません。普段は存在を記憶から抹消して生きていますが、それでも過去の話をする際は、お前にされたことをすべて話すようにしています。
 とはいえ私はあなたと違って良識がありますので、ネットに名前をのせて中傷するようなことはいたしませんから、御子息に迷惑がかかるようなことはありませんので安心してください。
 なんとも根暗な所業ではございますが、小五の私ができなかったせめてもの復讐です。無意味な復讐ではありますが、過去の私の延長である今の私がほんの少し救われているので、これからもあなたのことを嫌いに嫌って生きていく所存です。

 それでは、明日からまた気温が下がるようですが、どうかお体には気を付けて健やかにお過ごしくださいませ。
 あなたの教え子の中で不登校になった者のひとりである私より。

 かしこ

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