烏龍茶を飲み干せない。


目があえって念じたら、
あなたは気付いてくれて。
それを何回も何回も、飽きずに繰り返した、あの頃。

心夏(こなつ)は、随分昔の夢を見て目を覚ました。
隣にいるのは、そんな頃から大切にしている大きなぬいぐるみ。決してぬいぐるみが特別好きとかそういうわけではない。しかし、なぜか捨てられないまま、今日もそれはそこにいる。
彼女の朝は早い。カーテンを開けてもまだ真っ暗だ。
洗面所に向かい洗顔と歯磨きを済ませ、昨日に買っておいた惣菜パンと菓子パン、そして烏龍茶を。少し大きめの黒のリュックにしまい、家を出る。
道中に、好きな音楽をランダムで流し、仕事場へ向かいながら、先ほどのパンを口の中に放り込む。
電車に乗ると、自身のポケットに入れていたスマートフォンに手をかけて、メール、アプリの通知、SNSのチェックを眠気まなこで一通り済ませる。
その中に、一件
『懐かしい笑昔みんなで見たよね!』
そのメッセージに既読をつけ、返信する。
『私ついに原作を買ってしまった笑』
送信。
この返事に次は何日、かかるのだろうと心の中で呆れ笑う。

仕事場につくと、深夜帯に働いている人からあらかた引き継ぎを受け、仕事に取り掛かる。
早朝の6時から9時の約3時間、いるのは彼女1人。
頭の中は仕事の工程と、先ほどまで聴いていたいくつかの曲。
そして先ほどの、他愛も変哲もない、いつものメッセージのやりとり。
「…会いたいな。」




「ともだちになろ!」
小学校1年生の頃、初めてのあの子との会話。
もちろん断る理由などなく。
「うん、いーよ!」
こんな他愛もないコミュニケーションがきっかけであの子、鈴葉(すずは)とは唯一無二の親友となった。
そこから中学も一緒だったが、心夏はソフトボール部、鈴葉はバレー部と部活はバラバラだった。しかし、テスト期間や休みの日など、時間が会う日は登下校はしており、疎遠になることなど決してなかった。
そう、その時にきっとなくなっていればよかったのかもしれない。



中学3年の梅雨の時期、市総体も近づいておりお互いの部活動も終わりを迎えようとしていた。
その頃心夏はソフト部の副キャプテン、鈴葉はバレー部のキャプテンだった。
特にバレー部は鈴葉の活躍が大きく、ここ最近ぐんぐん成績を伸ばしており、周りからの期待がすごかった。
元々鈴葉は、小学生の頃からバレーを始めていたため、中学のスタートラインも何歩か先に出ていたのだろう。
しかし、彼女はあまり仕切るような人間ではなかった。
どちらかというといつもニコニコとマイペースで、引っ張るというより、周りがついてきてくれる。そういう人間だった。
だから、もしかしたら限界だったのかもしれない。
朝、いつものように心夏が鈴葉を家まで迎えに行くと、明らかに元気がない。登校中も、普段は横並びで歩いているのに、その日は縦並びだった。
心夏も鈍感ではないため、鈴葉から伝えてくれるのを待とうと、そのまま学校へ向かっていった。
学校につき、教室の扉を開け、席につく。
いつもは、鈴葉のクラスの教室で、登校中の話の続きをしてから、心夏は自分の教室へ戻る。それが日課だった。
しかし、今日はなにも話していない。だから、そのまま自分の教室へ向かおうとすると、ぐいっと、制服の袖を引っ張られている感覚があった。
振り向くと、朝と同様に鈴葉が俯いていた。
「どーした?」
彼女は黙ったまま。そして。

「しんどい…先生たち厳しいし…楽しくない…辞めたい…。」

小さな頃からいつも、先に泣いてしまうのは心夏で。
それをちょっと困った顔で笑いながら慰めてくれるのが鈴葉。

でも、今日は違う。

鈴葉が、ポツリポツリと言葉を落としていく。

その言葉と一緒に、制服のスカートに涙の跡がポタポタとついていく。

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