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秋・とんぼ・黄金の草原と王子さま

あれは幼稚園の頃。
みんなで工作をした。
秋だったから、たしかとんぼの紙飛行機、みたいなものだった気がする。
画用紙を切って、クレヨンで色を塗って、折り目を付けて完成。
先生が、お外に出て、みんなでとんぼを飛ばしてみましょう、と言った。
みんなは、わあっと歓声をあげて、我先にと外に飛び出していった。
男の子たちは早くもとんぼを飛ばしあって大騒ぎだった。
気が進まなかったわたしは、のろのろと靴を履き、みんなの後からゆっくり外に出て、カラフルなとんぼが縦横無尽に空を飛んでいるのを眺めていた。

ぼうっとしているわたしに気づいた先生が声をかけてきた。
「かなちゃんもほら、飛ばしてごらん。こんなに上手にできたじゃないの。」
わたしはどぎまぎした。わたしはお絵描きはできるけど、みんなみたいに
うまく飛ばせないもの、たぶん。うまく飛ばなかったらどうしよう。恥ずかしいし、先生もがっかりするかもしれない…。そんなことを考えていた。
それでもわたしは、先生からの期待に応えたくてとんぼを思い切って飛ばしてみた。高く上手に飛ぶように、力いっぱい。
そうしたら、案の定、わたしのとんぼは空高く舞い上がり、
なんとそのまま柵を超えて、実りの時期を迎えた黄金色に輝く田んぼの中に、すとんと落ちて見えなくなってしまったのだった。
ああ、やっぱりわたしはヘマをする…。

周りの園児たちはわあわあと騒ぎ出すし、先生はどうしようという表情で言葉を失っている。わたしは今にも泣き出しそうな心持ちだった。

そのとき、口も聞いたことのない活発な男の子が、「おれがとってくる!」と言った。
「えっ、柵を超えるのなんて危ないよ!」と先生が嗜めるのもそこそこに、
「だいじょうぶだよ!」というやいなや、男の子は軽々と柵を越え、自分の背丈程もある黄金の稲穂を掻き分け、わたしのとんぼを救出してくれたのだった。
わああと湧き上がる歓声に包まれ、男の子はまたひらりと柵を跨いで園庭に戻り、半泣きで呆然と立ちすくむわたしに、「はい、どうぞ。」と、わたしの大切なとんぼを渡してくれたのだった。

わたしはこの一連の流れに頭と心がついていけなくて、目の前に来た男の子とトンボをあっけに取られながら見ていた。先生に促されて我に還り、やっとのことで、「ありがとう」と、ちいさな声でお礼を言ったのだった。

男の子は一躍ヒーローになり、わぁわぁと歓声をあげる他の園児たちに囲まれてまた彼の世界へ戻って行った。
わたしはとんぼを握りしめて固まったままで、もうそれを飛ばす勇気などはなく、それに気づいた先生がわたしを教室に戻してくれた。

わたしは自分の起こしてしまった不祥事への罪悪感や、別世界の生きものだと思っていた男の子がわたしのためにしてくれたことへの驚きなどが入り混じって、その日は一日じゅうひどく落ち着かなかった。

それからしばらく後になって、わたしは(おとぎ話の王子さまって、こんな感じなのかもしれないな)と思った。
主人公のお姫さまが困って泣いていると、どこからともなく颯爽と現れる王子さま。彼は、少しの障害なんて物ともせず、冒険に行って課題をクリアし、お姫さまの元へ帰るのだ。黄金の日の光を肩に散らして、はい、姫さま。と、大切な贈り物を手にして。
この思い出は、わたしにとっての王子さまの初期設定になっているのかもしれない。
あの男の子が何て名前だったのかさえ覚えてないのだけれどね…。


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