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爆豪勝己の価値感と行動原理についての考察

※この記事は僕のヒーローアカデミア 284話時点までの内容を含みます。単行本派の方は重要なネタバレになってしまう可能性が高いのでご注意下さい。一応、ネタバレのあるところは改行してあります。

出来るだけ明確に読み取れる事柄を抽出したつもりですが、あくまで一個人の解釈として読んで頂ければ幸いです。また記事の性質上コマの引用が多いですが、検証できるようになるべく出典元を詳しく記載しております。必要な範囲でまとめるよう努力しましたが、もし何か問題点等見つけられましたらその旨コメント等でお知らせ頂けると助かります。


まえがき

僕のヒーローアカデミアの登場人物「爆豪勝己」は主人公「緑谷出久」のライバルに当たる人物だ。1話から出久を虐める不良少年として登場しながらも、OFA の秘密を知っている出久以外の唯一の生徒という重要な役割を担っている。過去に5回行われたキャラクター人気投票では第1回を除いて連続で1位の座を占めるが、登場時の苛烈な所業や挑発的な性格を嫌う者も多い。そんな両極端な彼であるが、出番の多さに対して思っていることを明示するようなモノローグが少なく、行動のみが描かれることが多いため読者によって解釈がブレることも少なくない。彼のキャラクター性として行動で示すことが描かれていることの証左ではあるが、本記事ではその行動の背景にある価値感や行動原理を台詞や構造と照らし合わせて読み取ることを狙いとしている。

クソを下水で煮込んだような性格

クソを下水で煮込んだような性格

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

堀越耕平, 2015,「僕のヒーローアカデミア」 2巻, 集英社, p115
No. 13「救助訓れ」より

勝己の性格といえば、2巻でクラスメートの上鳴電気から「クソを下水で煮込んだような」と称されることから始まる。この発言は入学間もない時点であり、普段の口の悪さや最初の戦闘訓練の印象を評価されたものと思われる。その血気盛んな激情性をクラスメートに印象付けた彼であるが、その後の USJ 襲撃事件ではヴィランを冷静に対処する。このときの勝己の表情はそれまでによく描かれたような眉間に皺を寄せ大声で叫ぶようなものとは違い、澄ましている。そのギャップは切島から「そんな冷静な感じだっけ?」と言われることから明らかだ。クラスメートに対して冷静な行動を見せる初めてのシーンだ。それもそのはずで、これまで勝己の登場シーンは出久との何らかの絡みがあった。

緑谷出久はただの道端の石っコロなのか?

戦闘訓練時に幼少期の回想シーンがある。派手な個性を持ちやれば何でも出来る勝己に対し、無個性で何も出来ない出久。ただそれだけであれば文字通り道端の石っコロとして突っかかる面白みもないはずだが、その記憶と同時に出久を恐れるきっかけとなった原体験も思い出してしまう。

川に落ちてデクに救けられる

「大丈夫?たてる?」

堀越耕平, 2015, 「僕のヒーローアカデミア」2巻, 集英社, p37
No. 9「デク vs かっちゃん」より

他の友達は「大丈夫だろ かっちゃん強えーもん」と見守る中、出久だけが勝己を心配し手を差し伸べる。時系列的に前後はするが、これは1話でヘドロヴィランに拘束され、プロヒーロー達が「あの子には悪いがもう少し耐えてもらおう」と二の足を踏んでいる中、出久が飛び出し「君が救けを求める顔をしてた」と救けようとするシーンのリフレインである。

ヘドロヴィランの拘束から逃れた勝己は出久に

「てめェに救けを求めてなんかねえぞ……!救けられてもねえ!!あ!?なあ!?一人でやれたんだ」

堀越耕平, 2014, 「僕のヒーローアカデミア」1巻, 集英社, p56
No. 1「緑谷出久:オリジン」より

と言い去る。このように、彼は人に救けられることに極度の拒否感を示す。皮肉にも作中では度々ピンチに陥ってしまうのだが……。麗日お茶子は林間学校での誘拐時にその思考を汲んでか、

「爆豪くんきっと……皆に救けられんの屈辱なんと違うかな……」

堀越耕平, 2016, 「僕のヒーローアカデミア」10巻, 集英社, p91
No. 85「バカばっか」より

と発言している。結局出久らはクラスメートからの的確な忠告を無視して救けに行ったが、その時の反応は

「いいか 俺ァ助けられたわけじゃねえ 一番良い脱出経路がてめェらだっただけだ!」

堀越耕平, 2016, 「僕のヒーローアカデミア」11巻, 集英社, p47
No. 92「ワン・フォー・オール」より

と頑なに自分が救けられたことを認めようとしないものだった。何故それほどまでに人に救けを求めず、自分一人で対処しようとするのか?もしかしたら、この当時での彼の考える強さとは一人で対処できることが重要な部分だったのかもしれない。であれば、出久が手を差し伸べることは紛れもなくその原理を邪魔する行為として捉えられる。しかし、自分は大丈夫だと思っていようがなんだろうが、出久は "救けてしまう" し、そこに壁など一つもない。相手があのいじめっ子のかっちゃんであろうとだ。このようなお互いの行動原理の噛み合わなさを例えるなら石っコロよりも地雷に近い。道端に地雷がコロコロしてたらキレたくもなるよね。

爆豪家での扱い

一般的に見れば勝己は十分強いし、そもそも自身の強さに関わらず人から救けられること自体は強い拒否感を抱くほどのことではないはずだ。それでも勝己がどんなときでも自分一人で対処できる程の強さを望む理由が見えてくるエピソードがある。雄英高校の全寮制移行時に、各家庭からの了承を得るためにオールマイトと相澤先生が家庭訪問をするときのことだ。

光己さんアンタが弱っちい

「うっさい!!元はと言えばアンタが弱っちいからとっ捕まってご迷惑かけたんでしょ!!」

堀越耕平, 2016「僕のヒーローアカデミア」 11巻, 集英社, p136
No. 96 「家庭訪問」より

勝己の母光己がアンタが弱っちいからと先生たちの目の前で平手打ちをお見舞いするこのコマからは、外では高い能力を評価されている勝己でも、家では強いと認められていないことが読み取れる。さらに、結果的に救けられて無事だったにも関わらず迷惑かけたと叱っているのも印象的だ。この親子関係はとても不憫だ。客観的に見れば十分強いのに、本来子供が一番認めて欲しいはずの親に認められていない。これだけでも勝己は誰の救けも必要としない(そして誰にも迷惑をかけない)一番の強さを獲得しなければならないと熱望する理由足り得るだろう。実際、仮免試験後の私闘では自分が弱いからオールマイトを終わらせたという責任感を感じていることを吐露する。態度は反抗的であっても母の叱りの通りに結果を受け止めていることが伺える。

俺だって弱えよ

「俺だって弱ェよ……」
「あんたみてえな強え奴になろうって思ってきたのに!弱ェから……!!あんたをそんな姿に!!」

堀越耕平, 2017, 「僕のヒーローアカデミア」14巻, 集英社, p41
No. 120「三人」より

出久に私闘を持ちかけたのは、ただ憧れのオールマイトの力を授かるなら自分より強くあるべきだ、という挑戦的な確かめだけでなく、やはり彼が境無く救けてしまい、そしてそのやり方で人が抱えているものを打開することも知っているからだと思う。体育祭での轟焦凍曰く、

「あいつ無茶苦茶やって他人が抱えてたもんブッ壊してきやがった」

堀越耕平, 2015「僕のヒーローアカデミア」5巻, 集英社, p141
No. 42「いざ決勝」より

部分だ。この台詞を聞いた勝己は上で引用した川で手を差し伸べられるシーンを回想するし、それを強調するかのようにこのときも出久は手を差し伸べようとする。

心配するデク

堀越耕平, 2017, 「僕のヒーローアカデミア」13巻, 集英社, p178
No. 118「意味のない戦い」より

緑谷出久、喧嘩ふっかけてきた相手を心配するとは因果関係おかしい気もするし「自分を勘定に入れてない」にも程があるのかもしれないし、とにかく常軌を逸する利他を感じる。この私闘の決着後、珍しく勝己のモノローグが入る。

お前が俺や周りを見て吸収して強くなったように

俺も全部俺のもんにして上へ行く

おまえが俺や周りを見て吸収してーー強くなったように
「俺も全部俺のモンにして上へ行く "選ばれた"おまえよりもな」

堀越耕平, 2017, 「僕のヒーローアカデミア」14巻, 集英社, p49
No. 121「後期始業式」より

これまでは「強いなら誰にも頼らず一人で対処すること」を自分の中で重要視していた勝己が強さとはそれだけではないと見直した瞬間であり、これ以降のエピソードではそれを象徴するような台詞も出始める。

俺も全部俺のモンにして上へいく

体育祭の宣誓を結果として見事(?)伏線回収したように、彼は基本的に有言実行タイプである。俺も全部俺のモンにして上へ行くと言ったからには、それを回収するシーンももちろんある。

いつまでも見下したままじゃ自分の弱さに気付けねぇぞ

「いつまでも見下したままじゃ自分の弱さに気付けねェぞ」

堀越耕平, 2018, 「僕のヒーローアカデミア」18巻, 集英社, p164
No. 166「ホッコれ仮免講習」より

ガキ大将ポジションで無個性の出久を見下すことで自分の弱い部分を見ないようにしてきた彼が、問題児クラスの先導者で周囲を見下す子供を咎めるように。当然響いちゃいましたね。自分の弱さを自覚することも強さであると学んでいるようだ。

勝負は必ず完全勝利4-0無傷

「決めてンだよ俺ァ!勝負は必ず完全勝利!4-0無傷!これが本当に強ぇ奴の ”勝利” だろ!」

堀越耕平, 2019, 「僕のヒーローアカデミア」22巻, 集英社, p111
No. 208「第4セット決着」より

クラス対抗戦では完全勝利の条件として「4-0無傷」を掲げ、救けて勝つことをしっかり意識していることが伺える。出久との私闘前の仮免試験時に上鳴・切島をフォローしたことからもわかるように、前から勝己に人を救けるという発想が全く無かったわけではないが、わかりやすく行動するようになったという変化が描かれている。
クラスメートとの関係性も徐々に変化する。わかりやすいところで挙げると文化祭でのバンド隊だが、他にも上鳴は仮免試験時には「爆豪」と名字で呼んでいたのに出久達の八斎會インターン帰りのタイミングでは「かっちゃん」と呼んでいたり、最後の仮免補講日には葉隠(?)に「爆豪くんも最近感じ良いし!」と言われていたり、細かい部分にも描写されている。このような良い関係性を築き始めたのは「周りを見て吸収」するために必要と判断しての行動なのだろう。

エンデヴァー事務所でのインターン参加時にも「全部俺のモンにしていく」姿勢を見せている。

ただ強ェだけじゃ強ェ奴にはなれねーってことも知った

No1を超える為に足りねーもん見つけに来た

「それにもうただ強ェだけじゃ強ェ奴にはなれねーってことも知った」
「No.1 を超える為に足りねーもん見つけに来た」

堀越耕平, 2020,「僕のヒーローアカデミア」26巻, 集英社, p12-13
No. 247「語れ!現状!」より

私闘後にオールマイトに宥められたシーンを反芻しながらの台詞だ。

これは私の贔屓目線込みの感想ですが、出久のフルカウルが9月頭の私闘から新年明けのインターンまでの4ヶ月で8%から15%まで上がったことに対して、勝己は精神面がここまで変化していると思うと、出久の成長比率に勝己も劣ってないと思うんですよね。16歳にして無知を自覚し成長の糧にする賢さ。

OFAは餌だ

「OFA(てめー)は餌だ あの日の雪辱を果たすンだよ俺がぁ!!完全勝利する!!絶好の機会なんだよ!!」

堀越耕平, 2020, 「僕のヒーローアカデミア」28巻, 集英社, p148
No. 275「エンカウンター2」より

全面戦争編で覚醒した死柄木が OFA を狙っていることを知った勝己が出久と共に死柄木の元へ向かうシーンより。このコマの前に「オールマイトを終わらせちまった男として」という台詞が入る。上で引用したのと同じ「完全勝利」というワードが出てくるが、それは味方側が無傷であることを条件としていたので、話の流れとしては「(オールマイトの力である)OFAを守り、尚且つ自分は死柄木を倒す」を意味しているのだろう。

(※以下、2020年9月23日時点で未単行本化の内容のネタバレあり)




相変わらずの凶悪顔で「OFAは餌だ」なんて挑発的な物言いをするので、自分が勝つことを全面的に押し出している印象は強いが、彼が OFA 及びデクを守ることを意識している台詞が284話で出てくる。

おまえが一番そいつに近付いちゃいけねぇんだぞ

堀越耕平, 2020, 「僕のヒーローアカデミア」週刊少年ジャンプ2020年42号, 集英社, p49
No. 284「群青バトル」より
(※2020年9月時点で未単行本化)

これまで行動中心で描かれてきた守るという行為が初めて言葉で表された。それは、出久の成長に食らいついている現状であること、あまりに強大な敵に対して力が及ばないことなど様々な要因からの言葉だろう。このときの勝己は歯を食いしばり、言葉で表せないような悔しさ、焦り、もどかしさなどが滲むなんとも言えない表情をしている。この表情の奥底にある情動は勝己と OFA の関係性を巡る文脈も含めて語りたいのだが、長くなってしまいそうなのでそれはまた次回。

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