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桃源郷の村を往く

フォトギャラリーで知り合った写真家Kさん・彼女の知人で写真民俗研究家Mさんの来村案内の日がやってきた。秘境の村は春真っ盛りで、まるで桃源郷のよう。タイトなスケジュールの中で、どれだけ観光ではない深い部分を伝えられるだろうか。ちょっと早めに集合して村内を軽く回ってから、国選択無形民俗文化財に指定されている行事を見に行くことになっている。公用車に2名を乗せ、雑談と景色の美しさを楽しみながら車を走らせる。

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信州で最も早く咲くというカンザクラの名所に差し掛かると、何やら野外での神事の最中の様子。車を降りて静かに見せていただくことにする。宮司さんの儀式の途中、桜の花びらが何度も風に舞う。地元の方々には特別な光景ではないはずだが、ふるさとを知らずに育った私の目には涙が出そうなくらい美しい光景だった。目を閉じれば今でも鮮やかに浮かんでくる感動的なシーンのひとつだ。最後の餅投げでは、はしゃいでしまったけれど。

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昼食を済ませて、午後からは鳥獣の被害や天災を免れ豊作を祈願する祭りとされている「シカオイ行事」を見に行く。境内前庭に藁で作った雌雄1匹づつの鹿が飾ってあり、短い神事のあと、狩猟を舞台としたちょっとした余興(掛け合い)のようなものが行われ、最後には藁の鹿の腹に詰められた「小豆」を子どもたちが取りあう……というような、ちょっとシュールなお祭りで、なかなかにユニークでインパクトのある行事だった。

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続いて、坂部という地区を目指す。村内で最も秘境感の強い(個人的に)隔世の感溢れる集落である。他所からこの僻地に嫁いで来て、辛い経験を数えきれないほどに体験し、県内で最も早く農産物加工に取り組み、1年の間にいくつもある集落の伝統行事をしっかりとご夫婦で守ってきた女性にお話を聞く。思い出の写真も山のように見せていただいた。KさんもMさんも熱心に話に耳を傾け、時に写真を撮り、語られる昔の思い出を一緒に辿っている様子だった。

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翌日は自由行動ということにし、お二人とも思い思いに村を満喫して、無事に東京へ帰っていった。伝わってほしいことがどれだけ伝わったかはわからないけれど、昔の写真や昔話や伝統行事を通して、それぞれに色々と感じるところがあったのではないだろうか。写真家のKさんは、この後も時々村に来ては写真を撮ったり、伝統行事を見に来たりしてくださった。今はもう連絡を取っていないのだが、素敵な作品をたくさん生み出していることと思う。

2011年頃、初めてミラーレスカメラを購入し、放浪生活の行く先々で写真はよく撮っていたけれど、写真が持つ「本質」のようなものに深く興味を持ち始めたのは、この頃だったような気がする。

記録装置であり、記憶装置であるカメラ。

人はなぜ、失われていくものを記録したいと思うのだろう。

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