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【降灰記file.10】月へ行く船の鏡を取り外し さようなら双子の独裁者(向井俊)

月へ行く船の鏡を取り外し さようなら双子の独裁者

向井俊「フライ・ミ―・トゥー・ザ・ムーン」『ねむらない樹』vol.7(2021年、書肆侃侃房)p.188

 ほかの言語ではどうなのかわからないけど、「独裁者」であることと「双子」であることは微妙に矛盾していると思う。双子の一方が独裁者、という読み方で解決しそうだが、どちらかと言えば、二人で独裁者として君臨している、という読みの方が好きだ。二人で一つの存在、一方はもう一方の影武者、あるいは好きなときに二人は入れ替わっている。様々な設定が思い浮かびつつ、いずれにしろこの双子が二人で独裁者である以上、未分化な存在だと思う。
 鏡の自分は、実際には光の反射で見える像なので別物であるが、同一人物として映る。別物なのに似ている。鏡像と自分の関係と双子の独裁者は、それこそ鏡合わせのように相似している。そして、鏡を取り外す行為は鏡像と自分を切り離すことであり、そのまま双子の独裁者(のような状態)との決別を示す。双子の独裁者は自分の仄暗い影のようだ。

フィルムに閉じ込められた少年が棒高跳びで月と重なる

 まさしく月とすっぽんかもしれないが、カメラのレンズと月が向かい合い、図形として相似をなしている。ここに両者の間を遮る見えない鏡の存在を想定したくなる。そのとき、少年はフィルムに閉じ込められているだけでなく、レンズと月の間にも挟まれ、鏡についた指紋のように静止し続ける。

文・景川神威


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