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【降灰記file.07】にわとりが二百種類の声で鳴く 大人に期待なんかするなよ(土岐友浩)

にわとりが二百種類の声で鳴く 大人に期待なんかするなよ

土岐友浩『ナムタル』(2023年、私家版)p.122

 『ナムタル』は新型コロナウィルスが流行した2019年5月から詠んだ作品が収録されてあり、タイトルの「ナムタル」も歌集冒頭の中島敦「文字禍」の引用から疫病をふりまく精霊の名前からとっているようだ。

免疫が 免疫に 免疫は あなたのうしろ姿を追いかける

同 p.144

 ワクチンや免疫のことが気懸りになっていた時期が確かにあった。「免疫」のリフレインは、報道や会話、風評も含めて強迫的に繰り返され、その情報を追いかけていくような状況を表していると思う。ただ、ここで注意しなくてはならないのが、「免疫」という単語が強調されるのみで、それに続く言葉が省略されていることだ。本来、文章のニュアンスを調整するはずの助詞の機能がここでは停止している。いかなる情報も同じであり、ただ漠然とした不安や期待を伝えるに過ぎない。追いかけている「あなた」は正体不明であり、そのうしろ姿からは表情をみることができない。

 掲出歌に戻る。あるタレントが「白には二百種類ある」と言っているが、にわとりだって同じで二百種類どころかそれ以上の微妙な差異があるはずだ。しかし、それもすべて同じ鳴き声として処理される。この歌がおさめられた連作「十字ボタン」は、京都大学の学生寮をテーマにしたものだと推測できるので、にわとりは寮生のメタファーととってもよさそうだ。それぞれ個体の識別をされないまま、それぞれの主張も鳴き声とみなされる。一方、にわとりと対立する「大人」も個性を欠いた人々の集合として名指されている。だれの表情もわからない。この歌の語り手の顔だってぼんやりしている。「期待なんかするなよ」にまで至る経緯を、少ないヒントから勝手に想像するほかない。
 ただ、蛇足をつけるのであれば、歌は禁止を意味する「な」と同じ音を密かに4回配置している。「期待するな」という文言から、禁止の意味だけを残響として聞き取り、噛みしめているようにみえる。そして、「な」は「コロナ」の「な」でもあり、様々なことが「自主的」に禁止されていた当時を思い出さないわけでもない。


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