小説 僕は商社マン その4 関本ぶりき

 マイクがハウリングしないようセッティングする。その間牧田女史と話している先生候補。ぎりぎりまで自慢話しをする。
「じゃ、厚木さんチラシ配って、で、牧田さんは撮影してて」
「機材どうしたいいですか、カメラないですけど」
「スマホでいいでしょ、一応とるだけだから」
「厚木さんスマホかりていいですか、私車においてきてしまったんです」
「ええよ」
あほぼんがマイクをにぎる。
「あのう、えええ、と、例えばですけど、あのう、ちゃんとした政治をすればいいとおもうんですよ、あの、例えばですけど、病院の待ち時間が退屈だから、例えばですけど、そのう、病院の待ち時間がないように、例えばですけど、ええ、待ち時間がないように、ちゃんと、例えばですけど、その、これはちょっと話しがちがうんですが、あのう、堺市には整骨院が多すぎるので、例えばですけど、えええ、あのう、例えばですけど、整骨院を減らして、駐車場を増やせば、例えばですけど、駐車スペースに困らないですよね、例えばですけど、あのうう、で、あのう、市民税を、そのううう、まあそのう、ええ、例えばですけど、あのう、国会で寝てる議員はみな、、、えええええ、起きろ、ね、思いません、例えばですけど、あのう、ね、病院の待ち時間が無駄なので、例えばですけど、この、まさに、つまり、まさに、まさに、その市民税を、あのう、あのう、ね、思いません、例えばですけど、そのう、あれでしょ、そのう、えええと、ね、あのう、いい天気ですね、いい天気です、あのう、雨じゃなくてよかったなあ、って思ってます、あのう」
という調子で15分。演説中誰も足を止めることはなかったが、乗客待ちのタクシードライバーが笑っていた。
「社長、ごめんなさいビデオとれてなかったです、ごめんなさい、ボタンどこ押すのかわからなくて」
「ああ、いいよ、いいよ」
「どうだった」
「めっちゃ慣れてる感じがしました」
「うん、そうだね、僕いろんな修羅場ぬけてきたからね」
そうなのだ。醜態を醜態だとは気付かない。それで良いと思うのだ。自分の行いは正しい以外は認めない。そういうのは人に迷惑かもしれないが、きっと当人は幸福だろうなとも思うし。それでいいと思うのだ。勘違いてなんだ。僕は正しい、なんて思って生きていければそれはきっと幸福だ。ただこの手の人間はいったん防御にまわると弱い。ほんと弱い。それはもう哀れになるほど。
 翌日は、プレハブの中で緊急会議、あほぼん、あほぼんの奥さんつまり専務、党が雇った選挙プランナー、牧田さん、俺で緊急会議。午前八時から正午まで。延々、プランナーに説教されるあほぼん。
「高野さん、これをみてどう思います、もしこれをみてどうも思わないのだったら、あなたは立候補するべきではなかったと思います。私の意見を一向にきかず、これまですすめてきた結果がこれです、あなたはこれに対してどう思います」
あほぼんはあほだ、あほである。が、もういいだろう。
昨日のあほぼんの街頭演説をどっかのだれかがスマホで動画に撮り、それをツイッターにアップしていたのだ。それが結構広まって1000以上の拡散。どうあれこうあれ話題になるってのはどえらいとは思うのだが、大阪の新党のあほさ加減をどうぞ、なんて文言とともに
「え、ま、え、例えばですけど、例えばですけど、整骨院、整骨院」
なんての流れたら党の面子丸つぶれ。ずぶの素人かき集めの間に合わせの集団の党と思われるじゃないか、といのがこのプランナーの意見で、しかし実際そうじゃないか、と俺は思う。根拠にもとづく何かではなくただただその時の雄弁さで人気を集めてきた男が神輿の上にいるのだから、おのずそういう人間があつまるのは必然。しかし、ただただ雄弁ななだけというのは誰にでもできそうでできるものじゃない。
「あなた本当空っぽですね」
選挙プランナーはそういった。45歳の男に30前の男がそういった。その瞬間、なんだかすべてが馬鹿馬鹿しくなった。
「梶井さん」
「なんですか」
「もうその辺でいいんじゃないですか」
「は」
「いや、もう十分わかりましたよ、この人は、この人は、自分がパーティーグッズの会社の社長で終わる人間じゃないて、なんていうか、ゆがんだ上昇志向の人間なんです。それぐらいわかりますよ。最初そちらの党はどういう人間であれ、金をだせるならどうぞっていう姿勢でしたよね、そうですよ、立候補の届けの出し方、書類の書き方、運動の仕方、演説の見本文、それらをメールしてきて、この3日間あなた一度も顔出さなかった。忙しいだろうけど、いくらなんでも初対面に近い人間に空っぽですねて言ってしまうあなたも空っぽですよ、社長も社長ですが、あんたもあんただ」
「厚木さん、責任問題になるから私は言ってるんですよ」
「責任問題、あんたたちの常套句だ」
そういうやり取りが延々3時間。言い合い、話し合い、いや端的に言えば喧嘩。この喧嘩が終わったのは二代目のこの一言だ。
「厚木さん、もうやめましょう、俺がいけなかったんだよ」

その日の選挙活動は中止。
近所のうどん屋で天ぷらうどんを食べ、会社に戻った。そのまま帰ってもよかったのだろうが、鞄を置いてきて来てしまったの。ひとまず倉庫裏に向かう。
倉庫裏に吉田がいた。
「厚木さん、もう営業部大変ですよ、だって厚木さん選挙スタッフに駆り出されてるの取引先にばれてますもん、なめてんかってなってますよ、仕事ほっぽりだして社長の鞄もちとは何事やって」
「そやなあ、はたから見たら俺は鞄もちやわなあ」
「社長落選したらこの会社どうなるんでしょうね」
「ううううん」
「ううううんて言わんといてくださいよ」
社内はすべて禁煙と倉田がルールを決める。社長に褒められる。でもねここなら社長も倉田も気づきませんよ、という場所を見つける。倉庫の裏。倉庫の裏の消火器がおさめられいるスペースに小さな灰皿を置く。そういう人間なのだ吉田は。吉田は夏なのにコンビニのホットコーヒーを蓋つきで飲む。
「厚木さん、前みたいに限界なったらお願いしますね」
「おうよ」
「じゃあ」
吉田みたいな人間がいる。そつなくこなす人間。煙草を吸える場所をいち早く見つけ皆に伝える人間。会社の潤滑剤みたいな牧田女史としれっとそういう仲になれる人間。倉田には目をつけられるが、社長にはそこそこ評価される人間。そういうのに嫉妬する木村。しかしなんだな、吉田の見た目がそこまでではなかったらそこまでじゃないだろう。世間はそうだ、だいたいが見た目だ。二代目はどうだ。決して、ま、そういう見た目ではない。若い頃はもてた自慢する人間が現状もてるような見た目をしてるわけがない。
 でもたぶんそういう人間でも当選するときは当選するんだろう、これが。
 倉庫の向こうから牧田女史がやってくる。吉田とすれ違いざま、一言二言かわしている。
「たばこもらえます」
「ええけど、ピースライトやで」
「あ、これいい匂いしますよね」
「ま、そうかなあ」
ピースライトの匂いをしる28歳女。
「厚木さん、あほらしくないんですか」
「あほらしいなあ」
「明日からもやるんですよね」
「そやろなあ」
「私もうだいぶやる気なくなってきたんですけど」
「ううううん」
「ううううんて言わんといてくださいよ」
「社長落選したらこの会社どうなるんでしょうね」
「ううううん」
「ううううんて言わんといてくださいよ」


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