小説 僕は商社マン  その8 関本ぶりき

目が覚める。たばこに火をつける。ではどうしたものか。ビールロング缶を2缶立て続けに飲む。これによりもう本日の労働を終わりとする。2代目の携帯に電話をしようとしたが、あほらしくなる。といって連絡をしなければちょくちょく電話がかかってくるだろう。
ここは一発。がつんとではなく、ぬるっと。
「もしもし」
「あんたとはもうやっとれんという結論になりました。今日は行きません、ほな」
有無もいわせず切る。これでしばらく携帯電話の電源をきっていれば忙しい日なわけだしかかってくることも少ないだろう。ではおやすみ。

目が覚めると8時だった。電話切ってから2時間しかたっていない。存分に二度寝ができない歳になったのだろう。今日という日をいかにすごそうか。別段何かをして過ごさなければならないということもない。ほっておいても時間は流れる。やもめの休日はスマ―トホン触りすぎていく。2時間電源をきっておいたのだ。選挙関連の電話はかかってこないだろう。で、久しぶりにプロレスでもみようじゃないか。インターネットいうものは昔好きだったものにふとした時に触れることができるのだ。ユーチューブを見たり、ネットサーフィンをしていると、おもしろい記事に出くわした。俺はさして行動力のある人間ではない。今の今まで行動力のなさで損をしてきたこともあるだろう。そう、40年生きてきてわかったのだ。あの2代目をみろ。あいつには知能はないが行動力だけで議員になろうとしているではないか。そう、行動力があればなんとかなるのだ。
「田上明のステーキにのど輪落とし」
と言う記事あった。ステーキにのど輪おとしてのはなんのごろ合わせにもなっていないが、今大事なのはそんなことではない。大事なことは田上明がステーキ屋を経営しているということ。基本的には肉の仕込みをしているとある。たまにレジに立つともしている。もしかしたら田上明に会えるかもしれない。では、俺が田上明に会いたいのかといえばどうだろう。少し会いたいかもしれない。

田上明。全日本プロレスで活躍したプロレスラー。全日本の四天王の内一人。
得意技 のど輪落とし
パンツの色 赤
特徴 やられている時の顔が非常にいい顔

 それぐらいのことは知っている。テレビで田上明の試合を幾度か見たこともある。ただそれよりもなによりもここで大事なのは、15年ほど前、田上明を見たことがあるということだ。おそらくあれは田上明だっただろう。おそらく。その頃、心斎橋のアメリカ村に勤めていた。その時見た光景だ。真夏。陽炎が立ち昇る大阪心斎橋アメリカ村のパンケーキ屋の行列の中に田上明を見た。若い女若い女若い女若い女若い女若い女若い女田上明若い女若い女若い女で構成されたパンケーキの行列はひときわ奇怪な印象を受けた。田上明は紙袋を2つ持っていた。身長2メートルの男が持つ紙袋はかなり小さかった。あれは確かに田上明だった。酒飲みの田上明がどういった経緯で一人でパンケーキの列に並ぶことになったのかまったくわからないが、俺はふとその時のことを思い出したのだ。

 そうだ田上に会いに行こう。

善は急げだ。田上に会いに行くことが善なることがどうか。田上にあって凶ということはないだろう。私は一人、新大阪に向かい茨城県つくば市茎崎1815-50にあるステーキ居酒屋チャンプに向かった。

 新幹線から在来線を乗り継ぎつくば駅に到着。このままではディナータイムよりもはやくついてしまうなとつくば駅ちかくの漫画喫茶でなにわ金融道を読み返す。ネット情報によると歩いていけるところではないらしい。タクシーでステーキ居酒屋チャンプを目指す。7時。ステーキチャンプの扉をあけると田上明は確かにそこにいた。カウンターでビールを飲んでいた。ポテトを食べながらビールを飲んでいた。ここまで来たのだからなにか話しかけよう、何がいい、そう聞きたかったのはあの時パンケーキ屋に並んでましたよね、とききたかったのだが、なにせ大男。怖い。常連らしき年配の男と話していることもあり、話しかけるのは難しい。結局ステーキとビールを飲み、田上明に一言
「ファンでした」
とだけ伝えた。田上明はこういった。
「あああ」
ステーキチャンプをでたはいいが、結局タクシーが呼ばねばもどれないことをおもいだし、再度店に戻り、電話をしてもう一杯ビールを飲んだ。田上はこう言った。
「タクシー待ちかい」
と。

 9時に駅着き、近くのビジネスホテルに泊まる。サウナ、缶ビール、たばこを決め、スマホを開く。一日スマホを見なくても俺はやっていける。三度ほど新幹線の中で電話がかかってきたが、無視を決めこんだ。どうせあほぼんの関係だろうとおもっていたが、案の定だ。おまえさんは、お前さんで生きていけばいい。牧田さんには謝らなければならない。電話をかける。
「もしもし、厚木さんずるいですよ、今どこにいるんですか」
「え、ああ、まあ、とりあえず、おめでとうと言いますか、なんといいますか、今あほぼんは」
「取材をうけてるんですが、記者が辟易すぐらいに語っていて、自分が東京にいたころ、どれだけ優秀なデザイナーだったかってことを語ってますよ、政策話せよて感じ」
「当確はいつでたの」
「八時です」
「そうか、じゃ、ま、あとごめん明日も俺いかんから、すまんが片づけ一緒にできんで」
「厚木さん、今どこにいるんですか」
「田上明のステーキを食べれるところやな」
「え」
「田上明」
「誰ですか」
「じゃ、ま、そういうことで、このお礼はいつか精神的に、あ、秘書の件俺とか他の従業員い気を使う必要ないからな、では、このお礼はいつか精神的に、」
 全従業員合わせて50人程度の小さな会社だ。牧田女史に借金があることはみんなしっている。あらゆることに口の軽い牧田女史は自分の事にも口が軽い。それだけとっつきやすいとも言えるのだが。選挙活動1週間ほどたったころ。初めて俺は選挙事務所に10時まで残った。朝、20年不平不満を言わずに走ってきてくれたアルトが急にうんともすんとも言わなくなったのだ。その日はバスで会社に向かった。そういうことがあったので、今日は呑んでやろうと腹をくくったのだ。いつも零時ぐらいまであほぼんは牧田女史を目当てに、他のスタッフも牧田女史を目当てに呑んでいるのは知っていた。あほぼんの事務所には牧田さんがいるということを知って以来梶井さんも事務所に通うようになっていた。つまりそんなもんさ。それはそれでいい。祭りの準備、文化祭前の高揚感てのがみなにあったのだろう。自慢話しが終わらない二代目、梶井さんに説教される二代、それらの風景をいつまでも見続けるわけにはいかない。俺は缶ビールをもって倉庫裏の喫煙所に向かった。たばこを吸っていると牧田女史がやってきた。
「たばこもらえます」
「いいけど、ピースライトやで」
「あ、いい匂いするんですよね」
祭りを感じるののもいいだろう。これが選挙じゃなければよかったのに、と思う。今まで様々な選挙に関わってきてそう思うのだ。あほぼんよりもあきらかに政治家に向いているであろう人間たちが落選し、毎夜毎夜酒盛りをして憲法とジークンドーの違いもよくわかっていないあほぼんが当選する。世の中はそんなに一筋縄ではいかないことぐらいはしってるが、これはあんまりだ。給料日前に酒代を浮かそうとして付き合ったはことに、少し後悔していたのだ。

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