小説 僕は商社マン 最終話 関本ぶりき

 あほぼんが議員になり2週間後の夕方。緊急全体集会が倉庫奥の食堂で行われた。しかし、その場にあほぼんはいなかった。いたのは、落合夫人よろしくあほぼんの100倍はしっかりしてる専務、あほぼんの奥さんであった。
「それではよろしいでしょうか」
薄化粧で暗めのスーツ。判でおしたかのような謝罪モードの恰好。謝罪のいでたちってのはきまっている。きまってこういうものだ。ポーカー賭博で捕まったときの巨人の柴田は会見でトランプのセーターを着ていたが、あれは特例だ。だいたいは地味なスーツだ。
「みなさまお手元の資料をみてください」

「俺がパチンコいってる間なにしてたん」
「機械の引き取りに立ち会ってましたが」
「そんなん5分か10分やろ、せやなくてそれ以外の時間やな」
「あ、求人みてました」
「なんかええのあったか」
「いや、あの、ないですね、なかったですね」
「昼飯何くったん」
「パンです」
「パン好きなん」
「いや別に」
「あ、そうか」
「それがどうかしました」
「いや、なんか飯くって帰るかな思って、2時やから中途半端ではあるけども俺の家の近所にうまいラーメン屋あるから、ラーメン好き」
「いや、別に」
「あほ、そういう時はそないラーメンが好きやなくてもや、なくても、そういう時ははいラーメン大好きです、と愛想の一つぐらい言えんか、それとも何か俺の愛想つこたら損するとでも思っているのか」
「いや、別に」
「おまえ、いや別にってのを録音してるんか」
「いや、別に、あ、口癖なんですよ」
「ま、どうあれラーメン喰いに行こう、なにせパチンコで5万円勝った日やからな、もう言うてみたら事務所にデリヘル呼んでもおつりくるぐらいやぞ、デリヘル呼ぶか」
「いや、呼ばないです、そのラーメンで十二分ありがたいです」
「あかんかね、デリヘル、デリバリーヘルスやからつまり健康配達してくれてるわけや、な、いうたら健康食品の配達みたいなもんや、な、それをそんなな、うん、生活協同組合みたいなもんや、バックしますピピピピや、つまり生協で牛乳買うのとでデリヘルはほぼイコールということや」
「だいぶちゃうとおもいますが」
「あほ、ばか、すかたん、ひょっとこ、かす、酔っ払いの冗談に真面目に返すな」
「あ、はい、はあ」


あほ、ばか、すかたん、ひょっとこ、かす、全従業員がそう思っていたはずだ。そうやって専務にぶつけてもよかったはずだ。手元の資料は20ページほどの冊子。細かくかかれた数字数字数字。貸借票をまともに読める人間はこの食堂にはいない。この資料をもって労基に行くってのも手かもしれないが、たぶんみんなこう思ってたいただろう。
「もう、いいよ」と。
気持ちとしては誰かが労基にかけこんでくれるという展開を願ってはいるが、自分ではする気がおきない。全部茶番だ。まんまとリゾート会社にいかれてしまったんだ。その実いかれたのかどうかもわからない。この夫婦は土地を売った金を得たわけだし、従業員もほとほと嫌気はさしていた。俺が牧田さんから聞いた話しは簡単に広まっていった。そこが牧田女史の実力。タイミングタイミングで牧田さんを飲みに誘う山田さんの功労。だからみんなこう思っていたのだ。
「もう、いいよ」
と。
50過ぎの薄化粧の女が涙を流して土下座をしている。今まで黙っていてすいませんでしたと涙を流す。木村君と倉田以外は全部知っているのだよ。だから、関心すらしてるよ。あんたの嘘をつく覚悟にさ。つじつま合わせの帳簿をつくり、土下座をし、涙を流す。
「すべて、私たち夫婦の経営がまずかったせいです」
たいしたもんだ。あんたはすごいよ。それに引きかえ今あんたの夫は何をしている。あんたの夫は不義理をした罵倒を受ける覚悟もない。

「帰るぞ、最後ににっくき社長机に唾でもはきますか」
「いや、それは」
「あほか、お前は悪態の一つぐらいつかれへんかったら次の就職もうまいこと使われて終わりやぞ」
「僕、就職うまいこといかないですかね」
「今なんとなく言うたまででそこまでの意味はないけど、ま、うん、そりゃあさ、倉田や木村君はこの会社で一番コンピューターに詳しいかもしれんけど、でもね、その二人の中では仕事ができるてのはそういうことなんかもしれんけどさ、そうじゃないと思うのよ、仕事ができるって何」
「え」
「木村君仕事ができる人ってのはどういう人やと思う」
「えええ、と分レートの高い人ですかね」
「それが間違い、それが大きな間違い、分レートみたいなものはあほの経営者がビジネス書で分かった気になって言うてるだけのことや、な、仕事ができるってのはいかにちょうどいいタイミングでミスタードーナツを買ってくるか、てことやで」
「どういうことですか」
「吉田みたいなことちゃうか、俺が俺がのがをすてておかげおかげのげの人生、自分が営業としてやってこれるのは冷房もきかん倉庫で働いてくれてる人のおかげやと、それを分かってるから、いいタイミングでドーナツ差し入れしよるがな、別に差し入れがすべてやいうんやないで、ないけど、おばちゃんを味方にせんと。吉田もどんくさい仕事してるがな、せやけど山田さんに気に入られてるっていうのでどれだけ山田さんにすくってもらってきたか、ま、なんか、ま、確かに吉田の顔がいいてのもあるけどさ、そりゃ、な、そういうのができない倉田からしたら吉田のことがおもしろくないんやろけどさ、ま、うん、とどのつまり俺のいうことは気にするな」
「えええ、それだけしゃべって気にするなってなんですか」
「いや、話しながら、いや、ま、ミスタードーナツだけで円滑にいくわけもないしなあとも思ってきて、うん、うん、なんじゃかんじゃいうて、吉田も牧田さんも大分見た目で得してるなあ思って、気にするな、牧田ちゃんあほぼんの秘書になるってのは知ってるやろ」
「それは知ってます」
「あれさ、牧田ちゃんが愛想よしのにこにこ美人やからみんなからの反感すくないけどさ、倉田が秘書になるっていうたらみんなから反感買いまくってると思うで、結局何をしたかというか誰がしてるかで決まるんかもなあて、牧田ちゃんから聞いたけど秘書としての給料手取り30万やいうてたぞ、牧田ちゃん政治のせの字もしらんのに、30万や」
「あああああ、うらやましい」
「な、うあらやましいな」
「吉田さんは仕事決まってるんですか」
「そう、決まってる。選挙スタッフやってたさすがにさんていうおじさんがおったんやけど、そのさすがにさんてのが同業者で、つまり商社の人、その商社の役員さんやったんや、政治という大阪をなんとかせなならんみたいなことで党員なったらしいんやけども、そのさすがにさんの会社で働くらしい」
「そんなことってあるんですか」
「な、いつの間にって感じやろ、な、吉田て選挙の手伝いしてなかったのにな、たぶん投票日にダルマの目をかいて万歳万歳の時にうまいことはいりこんだんちゃうんか、な、そんなことあるんやなあ」
「なんかむかつきますね」
「おう、よく言った、よく言った、それでこそ失業者や、うん、その意気や、俺もなんかそう思うわ、うまいことやれる奴が世の中にはおる」
「厚木さんはどうするんですか」
「どうしようかとおもったんやけど、俺は、俺は商社マンにはむいてない、商社マンというかな、会社員はむいてないわ、おもったな、田上のステーキを食べながら俺もこうなりたいと、俺はね自分で店をすることにする」
 最後の最後だ。機械を渡すだけの業務。木村と話してみて分かった。こいつはどうにもこうにも堅苦しく、つまらん若人だ、などと思っていたが、今日話してみて分かったのは悪い奴ではない。いいじゃないか。俺も木村で木村も俺だ。吉田でも牧田でもないのだ。
「焼き鳥の軽トラック販売のおじさんがやな、堺駅近くに小さいビルもってるんよ、そこの一階のテナントがあいてるからいわれてね、俺は田上のように自分の店で酒を飲むことにする、で、ホットドッグなんかいいんじゃないか、そう思っている、どうや」
「いや、あの、どう、どう、あの、どうでしょ」
「せや、な、もしあれやったら俺の店で働くか」
「いや、あの」
「なんや、はっきり言え」
「あの、あまり、その酒のみの方が苦手でして」
こいつほんま、ほんま、こいつ、ほんま、こいつ
「あの、客としては行きますから」
「こんでええわ」

そこまで忙しくない店で、ビールを飲みながらホットドッグをつくる。田上の三冠戦をテレビで流し、たばこをばんばん吸える店でじわじわ老いてゆくそんな人間になれるだろうか。そう、俺も実家が貧乏だった。やはり俺も店を持ちたかったのだ。白いたい焼きとステーキのあいだはね、ホットドッグなんだよ。俺は会社員にはむいていない。
牧田女史は撮影できていなかったといっていたが、俺のアイフォンにはきっちりと社長の演説が撮影されていた。
「あのう、えええ、と、例えばですけど、あのう、ちゃんとした政治をすればいいとおもうんですよ、あの、例えばですけど、病院の待ち時間が退屈だから、例えばですけど、そのう、病院の待ち時間がないように、例えばですけど、ええ、待ち時間がないように、ちゃんと、例えばですけど、その、これはちょっと話しがちがうんですが、あのう、堺市には整骨院が多すぎるので、例えばですけど、えええ、あのう、例えばですけど、整骨院を減らして、駐車場を増やせば、例えばですけど、駐車スペースに困らないですよね、例えばですけど、あのうう、で、あのう、市民税を、そのううう、まあそのう、ええ、例えばですけど、あのう、国会で寝てる議員はみな、、、えええええ、起きろ、ね、思いません、例えばですけど、あのう、ね、病院の待ち時間が無駄なので、例えばですけど、この、まさに、つまり、まさに、まさに、その市民税を、あのう、あのう、ね、思いません、例えばですけど、そのう、あれでしょ、そのう、えええと、ね、あのう、いい天気ですね、いい天気です、あのう、雨じゃなくてよかったなあ、って思ってます、あのう」
牧田女史の声が。
「こいつ最悪やなあ」

「木村、お前は正直でいいよ、いいよ、帰ろか」
「はい」
「おまえ、今日はじめて首をたてに振ったね」



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