見出し画像

日記~奄美へ来てみたら~

前回の続きです。

現地に住んでいるような感覚でいたかったので宿泊はこちらに。

伝統的、伝説的建築、集落の文化を次の世代に伝えるための宿泊施設。ここの高倉のある家にしました。台所があって、スーパーで買ったものを調理したので、本当に奄美のおばあ(居ないけど)の家に来た!みたいな体験を出来たので最高でした。初日に嬉しい不思議体験を久しぶりにして寝不足になりましたが、それも含めて土地のエネルギーを感じたところでした。

フルーツ盛り合わせ

食べ物も、島の雰囲気も、人も、タイミングも全てが合った感覚の旅でした。旅のきっかけはミキだったけど、ミキはこの島に導かれる手段として出会った感覚で。奄美大島の歴史を知れば知るほど魅力的で、もう前世で何かあったと言ってくれ!ってくらい島について夢中になって調べています。

奄美は神様を在るものとして集落が出来ていて、年間行事があって、目に見えない存在をみんなが信じているということは重要視していなくて、先人が守ってきた姿を見てきたから大切にする、という感覚らしくなんか数年モヤモヤしていたピースがハマった感覚でした。

私の祖母も母も神様や仏様を大事にしているのを物心つく前から見ていて、母が何か毎日祝詞やお経を唱えているのを聴いて育ちました。父は造園業で、神棚にお神酒があると「明日、伐採があるんだな」と、子供ながらに本当の意味で理解していなくても、感覚として神様がいたような気がします。

「目に見えない存在を敬う」ということが意味があることなんだろうと感じてはいるのに、敬わなくても日常は進んでいく。現代を生きていると、どうしても目に見えることばかりに意識がいきがちで、それが良い悪いではないのかもしれないけど、私は良くないなと感じているんですよね。

進化を求められるけど、一部の人間はそろそろ後ろを振り返って見落としてきた大事な物を拾う作業をするときなのではないのか、と思ったりもします。前に進む人には進んでもらって。両方同時でいいではないか。

ミキを家庭で作ることで、神様への気持ちを意識することに繋がって、しかもそれが発酵食だから菌の意識へ繋がるってすごいですよね。神様も菌も目に見えない存在。その両方が意識できるミキ。

ああ、ミキやろう…と再確認できた旅で、あの時そのまま静岡にいたら「ああミキ作り楽しかった」で終わっていたけど。その時の突発の決断を含め、腸内細菌に左右されていたとしたら面白すぎる。←最近、全ての決断は腸内細菌説を信じているただの宿主の私。

今日はこの辺で。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?