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<ハンガリーの少子化対策②>現地在住者から見た、特徴と注目点

前回、ハンガリーの少子化対策の全体像を紹介しました。
その後、在日ハンガリー大使が自民党の会議で少子化対策を説明するなど、政府としてもハンガリーの政策に注目しているようです。

前回の記事はこちら(注意点・筆者自己紹介含む)↓

大胆なハンガリーの政策に、「日本もこうしてくれ!」と思う方もいるでしょう。一方で、「効果は出ているの?」「暮らし方が違うでしょ」と疑問を持つ方もいると思います。

前回は、客観的に社会制度全般と少子化対策を知ってもらいたいという想いから、データを中心に紹介しました。
今回は、「深堀してみたい」「ポイントが知りたい」という方向けに、現地在住者としての感覚も踏まえながら、ハンガリーの制度の注目点と特徴をまとめてみました。

ここからは、①社会環境 ②制度内容 ③効果 の3つの観点で、注目点を紹介します(データや政策の中身が気になる方は前回の記事を参照ください)。

①社会環境

a. 強力な政府権力とトップダウン型の体制

少子化対策は効果が出るまで時間がかかる一方で、予算確保・一部有権者への負担増が必要になります。国民が「少子化対策は継続する」と安心できる環境も必要です。
この点で、ハンガリーの強力な政府権力は、少子化対策の実施に一役買っています。

2010年以降、オルバーン政権は様々な形で政府への権力集中を進めました。
その結果、2023年現在では、政府・与党権力は簡単には覆らない、強力なものとなっています。
そのため、選挙を伺うような右往左往がなく、一貫した政策を実施でき、財務省にも強く予算確保を命じることが出来る体制なのです。
ただし、司法の独立性への懸念、汚職疑惑など、権力集中の弊害も指摘されています(国内の政府系メディアでは一切報道されない有様ですが…)。

b. 続く経済成長、活発な賃上げの動き

婚姻・出産は将来を見据えた決断ですが、現在のハンガリーは、個々人が将来の経済成長と賃上げを期待できる環境と言えます。

ハンガリー経済は、2000年代から継続的に4%程の成長率を記録。
EUからの補助金及び外需への依存という構造的な問題を抱えており、ウクライナ情勢の影響も受け、最近は「不況」という声も聞こえます。
それでも、外資メーカーの誘致や観光需要の喚起、アウトソーシング先としての人気も続いており、長期的には成長トレンドが続くと予想されます。

経済成長・インフレに合わせて、賃上げも活発です。22年の記録的なインフレを受けて、23年の賃上げ率が10%以上の企業も珍しくありません。
妻の職場でも「賃上げが十分でなければ転職する」という意見が根強いようで、実際に労働移動も起きています。

また、労働の観点では、一部の上級管理職を除いて残業等は発生せず、労働時間を短くしようとする価値観があります。
「無理な働き方をせずとも、将来豊かになることができる」と考えられる土壌なのではないでしょうか。

c. 税率・社会負担は重いが、教育・医療は基本無料

税負担と社会保障という観点では、日本と異なる特徴があります。
消費税率の高さ、所得税率の低さが注目されがちですが、総合的にみた国民負担率は35%~40%ほどで、特筆すべき水準ではありません。
一般的なハンガリー人の感覚では、所得税・年金保険料・その他地方税を合わせた税負担は「重たい」ようです(所得税減免が少子化対策になる理由でもあります)。

重たい負担があっても暮らしが成り立つのは、生活必需品は軽減税率の適用を受けること、そして公的な教育・医療が原則無料であるためです。
教員の給与が低すぎるためボイコットが頻発、給与が安い(公的な)家庭医になる若い医者は全国で10名に満たないなど、原則無料の反面で犠牲になっている人々もいます。
公的医療サービスの質は、日本とは比較にもならない低さです(出産時の入院は、トイレットペーパーも持参だそうです…)。

それでも、子供を持つ際に考える教育・医療に対する経済的負担は、「質にこだわらなければ」低く抑えることが可能な環境です。

②制度内容

a. 保守的・伝統的な思想の影響

2010年以降続くオルバーン政権は、伝統的・保守的なキリスト教に基づく家族主義を強く打ち出しています。
LGBTQ教育の制限、同性婚の否認等の施策に思想が強く反映されていますが、少子化対策にもその特徴が見て取れます。

例えば
・出産時の税負担の免除、学生ローンの減免対象を「母親」に限定
・産後休暇で100%相当の賃金が支払われるのは「母親」のみ

ハンガリーの大統領は女性ですが、社会的な活躍と家庭的・伝統的な役割の両立を非常に上手くアピールしています。
また、周囲では男性は長く育児休暇を取るよりも、職場復帰を優先する場合が多いようです(労働時間が日本とは違いますが…)

仕事と家庭を両立させながらも、同時に伝統的な価値観・家族観も重視する国民性が、施策の特徴として表れています。

b. 「3人以上」へのこだわりと年齢制限

ハンガリーの少子化対策は、一貫して「30歳以下で第1子を産んでほしい」「生涯で3人以上の子供を産んでほしい」というメッセージを伝えていることも特徴です。
ハンガリーの担当大臣も「出生数を増やすためには、まず30歳以下の出産がカギ、というデータに基づく」と公言しています。

国が少子化対策を実施する以上、「出生数を増やす」という効果を上げる必要があります。そのために、統計に基づいて、年齢制限・人数条件を設置するのは合理的です。

一方、ハンガリーでも高学歴化、晩婚化は進んでいます。その中で「30歳以下の出産」を強く打ち出すことは、人生設計を限定しているようにも見えます。

c. 婚姻と出産の”両方”への経済的支援

ハンガリーの少子化対策は、経済的支援を中心に「婚姻(若者)」と「子育て」の両方を支援しています。

「婚姻増」のために、25歳以下の若者の所得税を免除し、結婚すれば当分子供を持たなくとも、多額のローンを組めるようにする。
結婚後は、「出生増」のため、出産をローン返済免除の条件としつつ、税負担免除や住居支援などのインセンティブをつける。

「子供を持つことが経済的負担にならないようにする」というのがハンガリー政府の目標ですが、婚姻増のための支援もしています。
ドイツなどと同様に、婚外子率も高いハンガリーですが、政府としては「男女が正式に婚姻し、子供を産む」形をロールモデルとしているようです。

d. 住宅関連支援の手厚さ

住宅関連の支援が充実しているのも大きな特徴です。

日本では「持家vs賃貸」の論争がしばしば見られますが、ハンガリー人は圧倒的に「持家派」が多いようです。
個人的な感想ですが、ハンガリー人はステータスや社会的地位を非常に重視する方が多いので、資産として家を持つというのも重要なのではないでしょうか。

ただし、首都であるブダペストに住んでいても、社会主義時代からの古い建物が多く、新築物件はあまり多くありません。
そのため、購入費用とリノベーション費用の両方を支援するという施策は、子育て世帯のニーズに合ったものと言えるでしょう。

③効果

a. 婚姻数・出生率の向上。しかし、2022年は反転。

少子化対策の結果、婚姻数・合計特殊出生率は大きく向上しました。
特に婚姻数は2019年に政府が「既婚カップル」向けの施策(子どもローン)を打ち出したため、大きく跳ね上がっています(ただし、出生数増だけではなく、婚外子率の低下に寄与?)。

出生数自体は横ばいですが、出産適齢人口自体が減っている中で、出生減に歯止めがかかったと言えるでしょう。
「出生数増の施策に関しては、理想的な状況(合計特殊出生率2.1、出生数増等)にはまだ遠いが、一定の成果は上げている。」というのが、総合的な評価でしょうか。

ただし、2022年に婚姻数・出生率が低下した点には要注目です。
個人的には、コロナ禍とウクライナ情勢による、「先行き不安・不透明な社会環境」が婚姻数・出生率を押し下げたのではないか?と考えています。
ハンガリーは、21年にコロナ禍で大勢の死者を出し、医療危機のような状態にも陥りました。22年はそのダメージが回復しない中、ウクライナ情勢の影響でインフレが起き、生活不安や不透明感が強まりました。

未曽有のインフレに対して、賃上げが追い付くのも23年に入ってから。
23年以降、どのようなトレンドになるか、注目したいと思います。

b. 晩婚化・出産年齢の高齢化は進んでいる

出生数の観点では、ある程度の効果を発揮したハンガリーの施策。
しかし、政府の「若くして結婚・出産してほしい」という思惑とは逆に、晩婚化・出産年齢の高齢化は進んでいます。

平均初婚年齢は男女ともに30歳を超えており、第一子出産年齢の平均も29歳を超えてきました(あくまで全体のデータなので、2人以上の子を産む家庭の早期化は進んでいる等、効果が出ているのかもしれませんが…)。

ハンガリーは経済成長を続ける中、他の先進国が歩んできた同じ道のりで、高学歴化も進んでいます。
生き方が多様化する中で、モデルとするライフプランを見直すのか、若くして結婚・出産するインセンティブをもっと高めるのか、注目です。

c. 人口減は止まっていない

最後に、「人口減」という問題に対しての少子化対策の効果ですが、こちらは芳しくありません。
ハンガリーの人口減は止まっておらず、年間4万人ほどの自然減となっています。最新の国勢調査では960.4万人という総人口ですが、ハンガリー人からすると、1000万人を割った状況は悲しいようです。

少子化対策を「人口増のため」と見るのか、「年齢別人口のバランスを是正するため」と見るのか。これは国によって異なると思いますが、少なくとも現政府は「ハンガリー人(マジャール人)の減少」に危機を抱いている様子。
日本と同様、人口減対策としての移民受入には消極的なハンガリーですが、人口増に向けての施策も追加していくのか、気になりますね。

おまけ:統計学を利用した効果測定

ハンガリー政府は、政策の効果測定に統計学を利用していると強く押し出しています。2019年・2023年の政策追加も、これらの効果測定の結果です。
この点、日本は政策の振り返りが非常にあいまいなので、見習ってほしいですね。

おわりに

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ハンガリーの少子化対策に関連した社会状況や、政策の注目点を知っていただけたのではないでしょうか。

ハンガリーの少子化対策は、大看板を切り抜いて称賛されがちですが、背景や特徴を認識した上で、「ここは真似できるのでは?」「ここはダメだな」等々、思考の助けにしていただければ幸いです。

次回はまとめとして、これから子供を持つか考えている夫婦の視点で、「日本の制度がこうなってくれれば…!」という意見をまとめてみたいと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。

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