見出し画像

キャンディ

昨晩土曜日の夜は、名古屋のスターアイズというジャズ・クラブで、トランペットの村田千紘のワンホーン・カルテットの演奏を楽しみました。メンバー全員がジャズ・ミュージシャンとしては若く、アコースティック・ジャズでありながら新鮮な感覚の演奏でとても楽しく聴くことが出来ました。

画像1

(当日の写真)

リーダーの村田千紘ちゃん(あえて”ちゃん”と呼びます)とは、実は10年以上前からの顔見知りです。10年ほど前、当時の私は仕事で問題を抱え、精神的にかなりヘヴィーで、仕事からは逃げたい、家にも帰りたくない、というどん底状態でした。そして逃げ場所のようにしょっちゅう入り浸っていた小さなバーがありました。

そのバーには現職の大臣から学生さんまで、いろんな職業、いろんな年齢層の人が常連として集まっていました。その常連の一人が当時まだ二十歳を少し過ぎたくらいの村田千紘ちゃんでした。彼女はトランぺッターとしてプロを目指していて、夜遅い時間にそのバーが常連さんだけになると、そこでトランペットの練習をしていました。常連客は押しなべて音楽好きだったので、練習する彼女にジャズ・スタンダードをリクエストしたりして一緒に楽しんでいました。当時の彼女のレパートリーの中では、私はリー・モーガンの演奏で有名なキャンディという曲が好きで、その曲を演奏しないまま終わろうとする夜などには、キャンディもやって!などとリクエストしたりしていました。

画像2

(当時バーでトランペットを吹く彼女の姿)

その後私は結局当時の仕事を追われ、再就職し、ほどなくしてシンガポールに転勤になり、そのバーにはなかなか行けなくなってしまい、千紘ちゃんとも疎遠になり、私の日常生活の意識から彼女の存在はいつしか消えてしまいました。

私はシンガポールで5年を過ごし、3年前に名古屋に転勤してきました。そこでMMJazzというジャズ・バーと出会いました。MMJazzは不定期でライヴもやるお店です。そのMMJazzのマスターが昨年の夏に「今度村田千紘っていう東京の女性トランぺッターがうちでライヴやるけど、陽ちゃんも来る?」と声をかけてくれました。え?村田千紘?正直言って彼女がプロとしてリーダー・カルテットを率いて全国を周るまでになっているなどとは想像もしていなかったので、びっくりしました。そして昨年9月にMMJazzでの村田千紘カルテットのライヴで、私は彼女と約10年ぶりに再会したのです。

それから半年、彼女は再び名古屋で演奏すると知らせてくれ、土曜日にその演奏を楽しみました。

セカンドセットが終わってアンコール、何をやるのかと思っていると彼女がメンバーに小さな声で「キャンディ」と言っているのが聞こえました。そして始まったメロディは、10年以上前に彼女が東京の小さなバーで練習していたそのメロディーを、当時よりずっとずっと艶やかな音色で奏でてくれたのです。私は一瞬にしていろいろなことが脳裏をよぎり、涙腺がうるっときてしまいました。

すべての演奏が終わって、帰り際に千紘ちゃんにあいさつに行き、キャンディにはやられたよ、と伝えると、彼女はこう答えたのでした。アンコールに何をやろうかなと思った時に客席に陽さんの顔が見えたからキャンディをやろうと思ったんですよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?