カフェ・フィユ ・ドゥ・ヴァンサンヌ
80年代の後半、約3年間愛知県の名古屋郊外に住んでいた。週末はもちろん、平日の仕事の後でも、仲の良い同期と仕事から逃げるように名古屋までクルマを走らせて、当て所なくドライブして夕食を摂っていた。
そして一社という住宅街に、夕食の後必ず寄るコーヒー屋さんがあった。そのコーヒー屋さんは、私が高校〜大学の間入り浸っていた渋谷のコーヒー屋さんのオーナーが名古屋に持っていた店で、渋谷の店と同じブレンドのネルドリップのコーヒーが飲めた。我々にとってそのコーヒー屋さんだけが唯一東京と繋がった空間だった。
それから約30年、昨春5年間のシンガポール赴任からの帰国は東京ではなく初めての名古屋市内勤務となった。
しかしそのコーヒー屋さんは、ずいぶん前に入居していたビルごと無くなってしまったと聞いていた。それでも名古屋に引っ越してきた翌週末にそこまでクルマを走らせて、そのビルがどこにあったかも分からないくらい変わってしまっているのを確かめてきた。
そしてさらにその次の週末、名古屋の街をブラブラ散策していたら、なんと、無くなってしまったはずのコーヒー屋さんと同じ名前のお店に出くわした。店構えの雰囲気は、私が高校生の頃に入り浸っていた渋谷にあった店を思わせる佇まいだ。
店に入ってみた。私より少し年上に見える男性がカウンターの中に、20代の若い男性がテーブルのサービスをしていた。私はカウンターに座って、「楡ブレンド」を頼んだ。高校生の頃、ブラック・コーヒーが甘い物なのだと私に教えてくれたネル・ドリップのブレンド・コーヒー。
私はカウンターの中の男性に話しかけた。
「あちらのお店は無くなっちゃったんですね」
「もう11年になります。随分お久しぶりですね。お顔を見てすぐわかりました」
その男性は30年前に我々が入り浸っていたお店の店長さん、まさにその人だった。
そして楡ブレンドは、あの頃と同じ味がした。
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