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オゾミス小説『スイート・マイホーム』考察と感想

神津凛子『スイート・マイホーム』を読了。
帯に『オゾミス(悍ましいミステリー)』と大々的に書かれているのに惹かれて購入した。元々、イヤミス好きだったので『悍ましい』とはどんなもんか興味があった。

【簡単なあらすじ】
妻子持ちの賢二は、たった1台のエアコンで家中を同じ温度で暖めることができる「まほうの家」という売り文句が住宅を購入。暖かくなるはずの新居で起きる奇妙な現象の数々。霊なのか人なのか…家に住むナニカに迫るミステリー

※犯人ネタバレあり

登場人物から見えてくるもの

清沢 賢二(けんじ)
ルックスは良いが中身に問題のある主人公。スポーツインストラクターと家庭教師の副業をしている。背が高く、声も良い、イケメン。呼吸するように嘘をつき、不倫をしている。おそらく今までも浮気や不倫経験があるのでは。だが都合よく、自己解釈して悪気はない。詳細は描かれていないが、全く育児に関わる様子がない。妻・ひとみに任せっきり。
幼き頃に、うさぎのぴょん子を殺害。暴力をふるう父親を殺害。あまり深く語られてないのでサイコパスだったと思うしかないのか?そして、都合よく記憶を改ざんする。かなり精神状態に問題がある。父親の影響なのか…兄や甘利など、出てくる男性に対しての信頼がなく敵意を持つ印象がある。
読み終わって思うが…賢二の苗字である清沢。『清』という漢字は彼には程遠く感じる…作者はあえてつけたのか。

清沢 ひとみ
美しい妻。ずっと長野に住んでいて、近所にママ友もいる。疎遠の義母にも、自ら連絡を入れる良き妻を演じているのか。
ユキの瞳に『醜い部分を見透かされる』と言うが…ひとみの醜い部分とは何なのか。夫の不倫に気付きつつ、目を瞑り家庭を保とうとすること?
セックスレスという現実…おそらく以前から不倫には気付いていたと予想出来る。確信はなかったが…本田が捕まったと仮定すると、賢二の不倫が公のことなり、ひとみも真実を知ったのだろう。
過去がほぼ語られていないので、最後の奇行についていけない。我が子の目を刺すほどの、怒りや戸惑いや罪悪感?
何が彼女をそこまで駆り立てたのか。ここが一番の疑問。

聡(さとし)
賢二の兄。長男。父親の暴力、弟の殺害を受け入れられず統合失調症になる。最終的に本田に殺害される。この物語において最も可哀想な存在。
賢二目線で進むので、やばい兄として描かれているが家族想いの優しい兄。ユキを命懸けで守ったのは、賢二を守れなかったことへの贖罪なのか…。自分は気付けなかった家庭を守る為なのか。

本田
ハウスメーカーの営業。長い黒髪にを一つにまとめ、一重の黒い瞳で長身の女性。清沢家に忍び込み、厄介者を排除していく犯人。甘利・友梨恵・聡を殺害する。理想の家族と、理想の家を求めて彷徨う亡霊のような存在。
大工の父親を亡くしたこと、父親が最後に作った家に執着すること、中学二年でレイプされることをキッカケに狂い出す。本田の母は第三者目線でしか登場しないが、本田と母の生活は普通ではなかったのではないか?中学生が妊娠して8ヶ月まで気付かない母親なんていない気がするので、母からの愛はそこまで受けず…父からの愛で生きてきたと予想する。
父の作ったツガイの置物への思い出が強く…夫婦は二人で一つであるべきという思想が強い。

甘利
本田と同じハウスメーカーに務める、低身長の男性。『見た目が悪くてコンプレックス持ち』と勝手に言われるくらいなので、ビジュアルは良くない怪しいおじさん。
本田の正体にいち早く気付くことで殺される。この物語のスケープゴート。登場時から怪しさがあり怖さを引き立てた。

友梨恵
賢二と同じ職場のインストラクターであり、不倫相手。割り切った身体の関係を望み、賢二にも必要以上に深入りはしない。自身の結婚が決まり、不倫関係をやめると伝えるが…その後、友梨恵宛に不倫の証拠写真が送られる。理想の家族を求める本田のターゲットになり、最終的に本田に殺される。
本田の回想シーン内に、ニセ妻と伝えると土下座して謝ったと書かれている。自分にやったことへの罪悪感はひどく感じていた。


物語の導入部分は誰の言葉なのか

読了後に再度、1ページ目を開くと謎が深まる。

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彼女が狂っていく。
それはじわりじわりと彼女を侵食し、狂気しか持たぬ人間ならざるものに変えた。間近でそれを見ていた私も直に狂うだそう。

この世に生を受けた意味も分からぬまま逝ったあの子はそこにいるだろうか。

死ぬなら我が家へ帰ろう。
かつて信じていたスイート・マイホームへ。

ここで言う『彼女』は本田なのか?
本田だった場合に、『間近でそれを見ていた私』は賢二?賢二は最初から本田を意識している訳ではないので、噛み合わない。

となると、賢二から見た…ひとみと考えるのが自然である。
ただそうなると『この世に生を受けた意味も分からぬまま逝ったあの子』が誰なのか?ユキが最終的に亡くなったともとれる一文。

物語の最後で、ユキは視力を失ったように書かれているが亡くなったとは書かれていない。個人的には可哀想すぎるので生きていて欲しいが、亡くなったと考えるとしっくりくる。

あたたかい家とは

第一章のタイトルにもなっている、あたたかい家とは?
この物語は、登場人物それぞれがあたたかい家・あたたかい家族を求めていたように思える。

賢二にとっては、嫌な思い出と老いた母・引きこもりの兄のいない家。狭い押入れも存在しない家。いつでも帰りたくなる我が家が欲しかったのだろう。しかし、最終的に『この家に帰らねばならない』と帰りたくない・冷たい家となった。

ひとみにとっては、夫と可愛い子ども達で暮らす家。たとえ夫が不倫していようが、目を瞑っても一緒に暮らしたいと思う。ママ友にも憧れられるような家。理想の妻を演じてでも守りたい。

本田にとっては、自分の婚約者と愛しい娘と暮らす家。大好きな父親と、母親と欠けることなく暮らす家。誰かが欠けることは許されない。ツガイの置物も絶対に欠けてはならない。実家は父親が亡くなったと当時にあたたかい家ではなくなったのではないか。

しかし、帰る家はない

賢二は、上林が賢二宅を帰った後に『あの家に帰らなければならない』と心の中で思う。りそうの家のはずが、気付けば帰りたくない家にいつの間にか変貌を遂げた。この段階では、本田が家に潜んでいることは気付いていなかったが…友梨恵との関係がバレつつあることからも、足が重い。
実家にも帰る家はなく、自分の家も失った賢二。不倫がなければ…ここまでの悲劇はなかったのかもしれない。

ひとみは、大好きなイケメン旦那と可愛い娘たちの待つ理想の家…だったはず。聡が殺されて、いよいよ帰りたくない家に変貌した。

本田は、父親が亡くなってから帰る家は実家ではなくなった。父親が最後に手掛けた家が、本田の帰る家になりつつあった。しかし、そこは他人の家…レイプされた時から悪魔の家に変わった。自分の家を見つけることができず…本田は亡霊のように彷徨った。この物語は人間による犯行ではあるが、本田は生きながらに霊のような存在となった。

ラストはどうして?なぜ?

賢二と本田が地下室にてバトル。
賢二が殺されたように見えたが、刑事がかけつけることで一命をとりとめる。本田が逮捕された描写はないが、追い込んでいるので恐らく逮捕された事が予想される。

ひとみは、治りきらない状態で自宅に戻り…ユキの眼を潰す。
悍ましい家にさせた犯人はもういないのに。自分の中にいる醜い気持ちを消したくて、消せなくて…どうしょうもない気持ちを抑えたくて、ユキの目を潰したのか?

この物語において、ひとみの過去やサイコパス的な描写はない。至って良き妻だった。なのでラストの展開には、読者の多くは驚いたはず。
賢二と本田は、育った環境や過去から殺人を犯す人間になることは…まだ理解できる。しかしなぜ、ひとみまでもが?
普通のひとも、ほんの少しの歪みから変貌するというメッセージなのか…同解釈するかが悩ましかった。

感想

読み終えて…もう読み返したくない、後味の悪さがあった。

納得いかない終わり方な気もするが、じゃぁどうなれば納得したのかが分からに。
本田が逮捕される?賢二の過去が公になる?ひとみが元気になる?
どれもピンとこない。

物語の冒頭にあった『死ぬなら我が家へ帰ろう。』は、終わりを告げる一言なのか?もう家は死んでいる、家庭は死んでいる。お終いという意味で捉えると、少し理解できる気がした。

あたたかい家庭を、理想のマイホームと被せて描き…理想を自らの手(賢二・ひとみ・本田)で壊す物語と思えば良いのか。

Amazonのレビューはちょい辛口だが、序盤から引き込まれる面白い小説だったと思う。解釈に悩む点も多く、考察や感想を探すものの…意外とないので自分で感想を残した。

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