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スコットランド日和⑪ チャリティ大国イギリス(2)チャリティと「ぜいたく」

 スコットランドのエジンバラで研究生活を送っている阿比留久美さん(早稲田大学、「子どものための居場所論」)の現地レポートを連載します(月2回程度の更新予定)。
 ★「子どものための居場所論」note はこちらから読めます。
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 前回は、スコットランドではチャリティ文化が盛んで、いろんなかたちで寄付ができるような仕組みがあることをお話しました。今回は、一歩踏み込んで、チャリティと「ぜいたく」の関係について考えていきます。

 生活に困っている人に対するチャリティというと、フードバンクなどの生活必需品に対するサポートをまず最初に想像することが多いでしょう。ですが、人はパンのみにて生きるにあらず、です。上を向いて生きていくためには、時には生活に最低限必要なものだけでなく、生活に彩りを与えてくれるようなものも必要です。

 生活のなかにそんな彩りを運んでくれて、ほっと一息つけるような時間をもつことをサポートしてくれる仕組みとして「Pay it forward」があります。これは日本語にすると「恩送り」といえるようなもので、あらかじめ誰か他の人のためにお金を払っておいて、必要としている人がその分を使うことができるというものです。

 エジンバラにあるLighthouseという本屋では、「Pay it forward in books」(本の代金の先払い)をやっていて、たとえば「2£、なにかあなたが笑顔になれるようなものを買ってね」とか「5£ なにか性教育にかかわるものを」といったように、金額とサポート対象にする分野や受け手へのメッセージが貼られていて、その紙をもってお会計をするとその分だけ安価に本を買うことができます。なかには、「L. C. Rosenの『Jack of Hearts and Other Parts』をどうぞ。楽しんでね!自分をいたわって、あなたはOKなんだって気づいてね」と具体的におすすめする本が指定されているものも。

 食べ物を食べて身体に栄養を取ることも大事ですが、自分を力づけてくれる本は、心に栄養をくれます。直接は会ったことがないけれども誰かがメッセージ付きで自分がほしい本を買うのをサポートしてくれるのだと思うと、社会がちょっとだけいいもののように感じられそうです。

エジンバラにある本屋に貼られた代金先払いのメモ
Lighthouse@Edinburgh 2023年11月

 わたしが最初に「Pay it forward」を知ったのはカフェでコーヒー1杯分をサポートするPay it forward coffee (suspended coffeeと呼ばれることもあります)で、イングランドのカフェに行った時にもPay it forward coffeeを見かけました。日本では、東京都西国分寺にあるクルミドコーヒーがPay it forward coffeeを広めていった立役者だといえそうです。

 こんなふうに、人がほっと一息ついたり、生活に彩りを取り戻したりすることをサポートできる仕組みがあちらこちらにあったら、そんな社会は豊かだなあとしみじみ感じます。

 また、スーパーにあるドネーションボックスには犬や猫のペットフードのドネーションボックスもあって、人に向けての寄付と同じようにたくさんの寄付がされています。

大型スーパーマーケットにあるペットフードのドネーションボックス
Sainsbury’s @Corstorphine 2023年5月

 エジンバラではペットを飼っている人が多く、街のいたるところで犬を連れた人とすれ違いますし、ペットの話を聞くことも比較的多いです。ホームレスの人でも犬と一緒に路上で過ごしているのをみかけることはけっこうあります(老若男女を問わずホームレスの人が多いことはまた別次元で生の基盤が切り崩されていることを示すのですが…)。

 生活が厳しいならば、最低限自分の生をつなぐことに注力して、生活のなかからあらゆる娯楽や楽しみを放棄すべきだ、とはならないのです。

 ですが、日本だと、生活に困っている時にペットを飼うのは「ぜいたく」だというまなざしを注がれてしまうことが多いでしょう。日本の文脈ではどうも「健康で文化的な最低限度の生活」(日本国憲法第25条)に含まれる(と想定される)範囲があまりに狭いように感じます。たとえば、生活保護を受給している人が、好きなアーティストのライブやイベントに行ったり、おしゃれをしていたりすると、「生活保護を受けているのに、そんなことをするのはぜいたくだ」とバッシングを受けることがしばしばあります。

 その背景には、生活保護を受けている人は、衣食住の最低限のラインは保障されるけれども、その人の生活の質(Quality of Life)を豊かにするような娯楽や文化活動を享受する権利はなくて、そういったことは「ぜいたく」だとみる価値観がちらつきます。もしかしたら、自分は働いて生活するのにいっぱいいっぱいで楽しい時間を過ごすお金も時間もないのにけしからん、と思っている人もいるのかもしれません。

 でも、そうやって、自分の生活の質を豊かにしていくことは果たして「ぜいたく」なのか、あるいはもし仮に「ぜいたく」だったとして「ぜいたく」だったらいけないのか。

 スコットランドでいろんなかたちのチャリティにふれながら、そんなことをつらつらと考えます。

阿比留久美『子どものための居場所論』
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★「子どものための居場所論」note はこちらから読めます。

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