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【先行公開】『子ども白書2024』(3)「今なぜ『子ども白書』で気候危機なのか」野田恵

 『子ども白書』(日本子どもを守る会編)は今年60冊目を迎えました。児童憲章の精神に基づき、子どもたちが安心して暮らし、豊かに育ち合っていける社会の実現をめざして刊行を続けています。今年の特集は「気候危機は、子どもの権利の危機」。かもがわ出版のnoteで内容を一部公開します。

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今なぜ『子ども白書』で気候危機なのか 

子ども白書編集委員 ●野田恵

子どもたちの声に後押しされて

 国連子どもの権利委員会は2023年8月に「一般的意見26 号 子どもの権利と環境――特に気候変動に焦点を当てて」を提出しました。

 2018 年8 月、グレタ・トゥンベリさん(当時15 歳)は「気候のための学校ストライキ」をたった一人で始めました。科学が極めて重要な事態を警告しているのにもかかわらず、政治や社会はそれを無視し、行動していないことへの抗議でした。彼女の訴えと「未来のための金曜日(Fridays For Future)」と呼ばれる抗議行動は世界中に広がりました。2019 年の国連気候行動サミットの際には、400 万人以上の若者が世界各国でストライキやデモを行いました。同年、グレタさんら12 か国の少年少女16 人は、国連子どもの権利委員会に対して、「気候危機は子どもの権利の危機」であると救済を申し立てました。この訴え自体は不受理となりますが、この訴えや世界で広がる子どもたちの声に後押しされ、今回の一般的意見は提出されました。

 ずいぶんと長い間、このような環境の異変に気づき、人とそれ以外の命が軽んじられ失われている状況に心を痛めてきたのは、ほかならぬ子どもたちであったように思います。今から30 年以上も前になる1992 年、「国連環境開発会議(地球サミット)」の会議場でひとりの少女は「どうやって直すのかわからないものを、壊しつづけるのはもうやめてください」と訴えました。当時のおとなたちはこのスピーチを「世界を変える伝説のもの」ともてはやし、会議では地球温暖化防止や生物多様性保全、持続可能な開発を実現するための行動計画などたくさんの約束をしました。しかしながら、今子どもたちの目の前に広がっているのは壊れてしまった地球の姿です。大変なことが起こるとわかっていながら後回しにしてきたあらゆる行動のすべてが、異常な暑さや未曽有の災害、汚染となって子どもたちに襲いかかっています。

古くて新しい「子どもの権利と環境」

 子どもの権利と環境は、古くて新しいテーマです。かつて日本では、深刻な公害が子どもの暮らしを脅かし、命や健康を奪いました。例えば大気汚染のひどい地域では、屋外で運動をすることができなかったり、授業中にぜんそくの発作を起こした子どもが救急車で搬送されることも珍しくなかったといいます。

 環境汚染は、体も小さく抵抗力の弱い子どもに、深刻な被害をもたらします。1960 年代から1970 年代当時の教師たちは、公害を子どもの健康といのちを奪い、発達を脅かす「教育問題」としていち早く取り組みました。日本教職員組合の「公害と教育」研究会(のちの「環境と公害」教育研究会)はこの流れをくむものです。

 今、この時と同じように、子どもたちの日常の暮らしに影響や被害が生じています。2023 年の夏、日本では猛暑の中命がけで登下校していた子どもたちの中に、とうとう死者が出てしまいました。気象庁はこの猛暑について、人為的な地球温暖化の影響が無ければ起こり得ない事態だったと結論しています。教育・保育の現場では、暑さのため、外で遊べない、活動が制限される、という事態が起きています。冬の景色も一変しました。雪山に囲まれた広大な風景の中で楽しむウィンタースポーツは過去のものとなり始めています。

 「公害と教育」の時代に提起された、環境問題は子どもの権利や発達と別にある問題ではなく、子どもの発達や暮らし全般に広範な影響を与える「教育問題である」という問題意識は重要です。「一般的意見26 号」でも、「清浄で、健康で、持続可能な環境への権利」をそれ自体人権であるとともに、発達や教育などさまざまな子どもの権利と直接的に結びついているとしています。

気候変動及び環境問題は子どもたちへの暴力

 一般的意見26 号には、「気候変動及び環境問題は、子どもたちに対する構造的な暴力である」との表現があります。暴力の原因と責任が特定の誰かにある「直接的暴力」に対して、「構造的暴力」とは社会の非対称的な構造によって生み出される暴力のことです。気候変動や環境破壊の「世代間の不公正」を、かなり強い表現で指摘しています。環境の汚染や自然破壊、資源の枯渇は世代を超えて影響を与えます。例えば、生まれた時代によって地球温暖化による影響の受け方は、大きく異なります。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した資料では、これまでの温暖化の影響と将来予測(2020 年以降の気温上昇)がいくつかのパターンで示されています。これはこれからの温室効果ガスの排出量の大小によって、今の子どもたちにどんな未来が待っているか変わってくることを示しています。また、1.5℃目標と整合するもっともCO2 の排出が少ないシナリオであっても、2020 年に生まれた子どもはその人生の大半を温暖化の影響を受けて生きることがわかります。最悪の場合は平均気温が4℃上昇した未来が待っているかもしれません。一方で、1950 年に生まれた人は、〈逃げ切れる〉世代です。

 地球の平均気温の上昇をあるレベルまでに抑えようとする場合、大気中のCO2 濃度、すなわちCO2 の累積排出量(過去の排出量+これからの排出量)の上限はおのずと決まってきます。これを「カーボンバジェット(炭素予算)」といいます。気温上昇を1.5度に抑えるためのカーボンバジェットは、残り6 ~ 7年だといわれています。未来がどうなるのかは、現在の決定と迅速な行動にかかっていることがわかります。

 また、大量生産、大量消費、大量廃棄、大量リサイクルの仕組みの中で、児童労働や子どもの健康被害、人権侵害を引き起こす環境問題も見逃せません。例えば、パソコンやスマホなどの電子機器、ペットボトルなどのプラスチック廃棄物などは、「リサイクル」という名目で大量に輸出されています。海外から運び込まれた大量の廃棄物が、ガーナやチリ、インドネシアなど様々な場所に山積みになっています。それらが焼却されたり、分解される過程で有害物質による汚染が発生し子どもたちに健康被害をもたらしています。一例として、世界保健機関(WHO)が2021 年に出した報告書では、1800 万人もの子ども・若者が電子機器廃棄物のリサイクルに関連した健康への悪影響によるリスクにさらされている可能性があるとしています。

(続きは『子ども白書2024』でお読みください)

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