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【連載エッセー第35回】黒電話をあきらめる

 丸山啓史さん(『気候変動と子どもたち』著者)は、2022年春に家族で山里に移り住みました。持続可能な「懐かしい未来」を追求する日々の生活を綴ります。(月2回、1日と15日をめやすに更新予定)
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 私の家には、ある老舗おかき屋さんにもらったものが多い。おかき屋さんが廃業することになり、ひょんなことから、不要なものを譲ってもらった。道具類を入れたりする大きな木箱、昆布などを保存するのに便利な四角で銀色の缶、畑の柵などに使っている網、いろいろ収納している大きな「つづら」など、いただき物にお世話になっている。私の家のそこかしこで、おかき屋さんの名前が目に入る。

 店の名前は入っていないけれど、大学から家に薪を運んだりするリュックも、おかき屋さんで見つけたものだ(第6回を参照)。まだ使い道を決められない木製のはしごも、おかき屋さんで使われていた。息子は、ずっしりとした金属の虎の置物をもらった(もらうことに親は反対した)。虎が鎮座している部屋を、我が家では「虎の間」と呼んでいる(話をしやすいように、各部屋に名前を付けている)。

 おかき屋さんで心ひかれたものの一つが、ダイヤル式の黒電話だ。見た目が素朴で落ち着きがあるのも魅力だけれど、電源コードをつながなくても電話線だけで使えるのがうれしい。おかき屋さん(の息子さん)にお願いして、これも譲っていただいた。

いただいた物の数々

 ダイヤル式の電話というのは、懐かしい。子どもの頃、家にあった電話は、黒ではなかったけれど、ダイヤル式だった。かける相手の電話番号によって、ダイヤルする時間に差があったりする。「090」とか「080」は、ダイヤルを回す終点までが遠く、なんだか面倒な番号だ。そう言えば、電話機によっても、ダイヤルがやけにゆっくり戻るものと、やたら早く戻るものとがあった。

 そんなことを思い出しながら、新しい家に移ったら黒電話を使おうと、楽しみにしていた。

 ところが、いざ使おうとすると、我が家では黒電話を使えないことがわかった。仕組みはよく理解できないのだけれど、回線の関係らしい。インターネットにも使うモデムと黒電話とをつないでも、電話はつながらない。普通の電話線は、改修前には大黒柱のあたりに出ていたのだけれど、気がつくとなくなっていた。残念ながら、黒電話は使えない。
 
 仕方がないので、前の家で使っていた電話機を使うことにした。モデムの電源を入れないと電話がつながらないのだけれど、ほとんどかかってこない電話のために電気を通し続けるのが嫌で、しばらくは電話(やインターネット)を使うときだけモデムの電源を入れるようにしていた。しかし、それだと電話を置いている意味があまりない。誰かが我が家に電話をかけても、よっぽどタイミングが良くない限り、つながらない。

 結局、家では固定電話を使わなくなった。家では、妻のスマホが唯一の電話になった。妻がスマホを持って出かけると、我が家は「電話なし」になる。

インターホンもなくした

 まあ、電話にせよ、冷蔵庫にせよ、洗濯機にせよ、家から機械が減っていくのは、悪くはない。ただ、黒電話など、子どもの頃に見ていたものが消えていくことに、何となく寂しさを感じる。おかき屋さんが店を閉じることになったのは、とても残念だ。

『気候変動と子どもたち 懐かしい未来をつくる大人の役割』
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