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06/22 四国に行きはじめて35年

四国旅行の記憶を呼び戻す作業

四国に何回くらい行ったんだろう?と思い返してみました。
デジカメの記録は1999年からですが、1992年にはJRと第三セクター鉄道線は乗り終えているので、頭の記憶だけがたよりです。
実は一番最初に四国に行ったのは入社1年目の1985年で、この時は日帰り。まだ瀬戸大橋も出来てないので宇高連絡船、しかもホバークラフトを使いました。
夜行の旅行をしたのも実は四国が初めてで、こちらは1986年8月。まだ高知~大阪の夜行フェリーがあった頃で、二等船室が一杯で甲板のベンチに借りた毛布を巻いて寝た記憶があります。
瀬戸大橋に乗ったのは開業初日。前日が宇高連絡船最終1つ前の船でそのまま宇和島行きに夜行列車に乗り、宇和島から予土線、土讃線経由で坂出からマリンライナーに乗車してわずか8分ほどで海を渡り終えた時の驚きは、前年に北海道と本州がトンネルでつながった驚きと同様で、そしてすべてがつながったという実感を得た時でした。

友人と四国ワイド周遊券を使ったり

友人と阿波踊りを見たりしようと行った時は高徳線、牟岐線、鳴門線、徳島線、土讃線、土佐くろしお鉄道中村線、予土線、予讃線(旧線利用)を回ったので、これでほとんどを乗り終えています。
他にも宇和島や宿毛といった地域が乗り放題になるきっぷを使うなどして宿毛~中村の延伸区間(1997)に乗ったり、JRバスの走っていた伊予大洲~鹿野川~近永とか土佐山田~龍河洞・大栃の他、琴弾公園の貨幣を見たりとかなり穴場なところを見ていました。
祖谷渓のケーブルカー(実際はスロープ扱いですが)で降りる風呂にも入りましたね。

デジカメ内では16回の足跡記録

意外とレンタカーを使ったものが少なく、公共交通機関利用が多いです。
レンタカーは祖谷渓に行った時と八栗ケーブルカーの時くらいですね。
頻度で多いのが圧倒的に愛媛県と高知県。香川県と徳島県はペアにして使うのがほとんどでした。
宿泊地としては、松山市、宇和島市、川之江市、高松市、高知市、徳島市、鳴門市くらいで、高知市だけは4回と圧倒しています。

通過利用も多い

個人的な特徴としては泊まらずに通過利用するのも多いですね。
フェリーで高知→大阪や松山→小倉という夜行利用もあるし、四国~九州の昼便も使います。逆に和歌山方面はないのですが、松山と広島・呉も3回使っていますね。

点の移動を回復させるには岡山にJR四国支社が必要

点の移動、つまり飛行機で4つの空港に入り、そこから車という流れが自然になりますね。近めの人たちはしまなみ大橋、瀬戸大橋、明石海峡大橋やフェリーで入ってきますから、列車の選択肢は厳しいのかもしれませんね。
というのも、フリーきっぷ類のスタートが四国内の駅というところ(児島駅では買えない)で高松・坂出・宇多津・丸亀あたりできっぷを買いなおす必要が多いのです。
鉄道の入口は岡山しかありませんので、岡山の四国方面の列車までにJR四国支社を置いて、新幹線と乗継する時にネットで購入しておいた切符予約と照合精算発券出来るとラクになりそうな気がします。
せっかくバースデーきっぷなどお得なきっぷがあるので、活用してもらうことが第一なのでは?と思います。


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日本の鉄道路線と空港に降り立ち、車も使って観光した経験を広めてみたいと思って書いています。 旅行の参考にしたい方の参考になればと思います。

ありがとうございます!
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52歳で高卒入社した会社を退職。日本全国の全ての鉄道路線と空港を制覇しJALのダイヤモンド会員にも到達。 今は地元浜松市や訪れる起業家さんを取材しつつ相互をつなぐプランを模索中のフリーライターです。 https://kamochan058165.net/

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52歳で退職をして転職活動は失敗。4ヶ月後にフリーランスになり、旅行ライターを始めるも細々となって収入減はほぼゼロ。想定通りの貯金食いつぶし状態の中、浜松地域の活性化に向けてぼちぼちと活動し始めた記録。

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