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他力本願を考える/世間の用法は誤用か?

#仏教に詳しい 人などがよく
#世間 の「 #他力本願 」は #使い方が間違っている

他力本願は、
#他人の努力や力に頼って自分で努力や工夫をしない こと」
のように使われるが、
それは違うと言うのである。
そこで、
ネットで検索すると、

https://www.hongwanji.or.jp/mioshie/words/000255.html


#一見分かりやすい説明 が出ている。

 「他力本願」は、もっぱら他人の力をあてにする、他人まかせという意味で、いろんな場面で使われています。これはたいへんな誤解です。
しんらんしょうにん きょうぎょうしんしょう  たりき     にょらい  ほんがんりき
   親鸞聖人は     『教行信証』に 「他力といふは如来の本願力なり」と明示しておられます。
                                                                               あみだぶつ
 だから、他力とは、他人の力ではなく、仏の力、阿弥陀仏の慈悲のはたらきをいうのです。
 仏さまの生きとし生けるものを救わずにはおれないという強い願いのはたらき、これが「他力本願」なのです。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)

しかし、 #注意して#自分の頭で考え なければならない。

ここで、 #浄土真宗本願寺派 さんが言いたいのは

X 「他力本願」は、 #他人の力をあてにする#他人まかせ
という意味で使われるが、 #たいへんな誤解

だから、
#正確に説明 すると
#他力とは

A「他人の力ではなく、仏の力、阿弥陀仏の慈悲のはたらき」

さらに

B 他力本願=仏さまの生きとし生けるものを救わずにはおれないという強い願いのはたらき

と明示しております。

しかし、
お題のX 

M #他人の力をあてにする
N #他人まかせ

は誤解と言いながら

A1 他人の力ではなく、 #仏の力

これって #仏様は他人でない と言うことを意味しませんか?

あるいは

B1   #仏さまの強い願いのはたらき

これも #自分以外の力をあてにしている ことにならないでしょうか?

#立派な建物 で、
#立派な衣装 を着て、
#世間から高く評価 されている
#徳の高い と言われるお坊様を
#目の前にするだけで

#思考停止になる人 の方が
#果たして救われる のでしょうか?





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