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11月10日のお話

お久しぶりです

お久しぶりです。元気そうですね。

おかげさまで
メール検索していたら、2010年のメールが出てきたの

10年前ですねー

そう、10年。早いですねー

何のメールでした?

打ち合わせの日程調整w

打ち合わせ、最近してないですね。

そろそろしたいですね。何か一緒にやらないと

そうですねー

とりあえずします?打ち合わせ

何の?

何か一緒にやりたいですねっていう、打ち合わせ

ww

2010年の打ち合わせも
多分そんな感じの内容だったっぽいですよ

あー。
一番最初の「打ち合わせ」の約束の時ですか。

そうそう。あ、覚えてますか?あの時

覚えてますよ。
「打ち合わせかぁ」って思いましたしね。
当時の僕は。

えー、ダメですか

いえ、皆塚さんの打ち合わせは、最優先ですよ。

ありがとうございます
だから宮藤さん、素敵です

こちらこそ、いつもありがとうございます。
皆塚さんも、素敵ですよ。

打ち合わせ、再来週の金曜日の夜はいかがですか

こっちに来るんですか?

いえ、来てくれないかなーと思って

コロナで動けないですからねー。

やっぱり、まだダメですかー

ちょっと、調整してみます。


LINEのやりとりがそこで途切れ、しんっと静まりかえった部屋の中で、皆塚は急にポツンとした気持ちになりました。LINEとは不思議なもので、テンポの良いやりとりができている時は、まるで会話が盛り上がっているかのように楽しい気持ちになりますが、ふと途切れると、急に自分が一人でスマホに向き合っているという現実を突きつけてきます。

ふぅ、と気を取り直すようにため息をついて、皆塚はココアを入れにキッチンへ向かいました。11月。夜が急に冷え込む季節です。こんな時間にココアを飲むことへの背徳感はありますが、こういう日なんだし、良いだろうと自分に言い聞かせます。

宮藤は、10年前に隣の部署で働いていた同僚で、当時、いくつかの編集企画を一緒に推進したパートナーでした。別に友達というわけではなかったので、お互いの会話はその時も今もずっと敬語です。業界では珍しいことですが、宮藤が呼び捨てとかあだ名とかを嫌う性格だったためです。ココアは、その頃、二人で残業をしている時、よく自動販売機で買って飲んでいたものでした。

一緒に働いていたのは2年ほどでした。その後、宮藤がライターとして独立し、実家のある名古屋に引っ越してしまったため、二人の関係はそれ以上進展することはありませんでした。表向きは。

ちゃんとホットミルクで入れたココアをマグカップで飲みながら、やっぱり缶よりこっちの方が美味しい。そんなことを皆塚は思いました。あの頃はどうしてあんなに、缶のココアを飲んでいたんだろう。仕事が忙しかったあの頃は、自販機で良かったし、二人で自販機の前で立ち話をする、というのが良かったのかもしれません。

結局、皆塚が彼に惹かれていたことも、宮藤が彼女に惹かれていたことも、お互いに承知している関係でした。しかし、仕事上の関係を選んだ二人は、その関係を崩すことなく、10年、先ほどのようなやり取りを繰り返していました。

皆塚が名古屋に出張があれば、必ず宮藤が飲みに付き合い、宮藤が東京に出張があれば、皆塚は2回に1回くらいの割合で飲みに付き合う。そんな関係です。お互い同業なので、飲むだけでなく、仕事の意見交換のためにアポイントをとることもありました。それらがいずれも、二人の間では「打ち合わせ」と称して約束が交わされます。

それこそ先ほど話題に上がった10年前、皆塚から言い出した「照れ隠し」でしたが、お互いに使い続けるうちに、合言葉のようになり、隠語のようにつかうこともあり。そしていつしか、ブレーキの役割も果たすようになりました。

ココアが少し冷めてきた頃、LINEの通知がなりました。


プライベートで行きますよ。出張する用事はないから。

え?プライベートで打ち合わせしに来るってことですか

うーん、まぁ、じゃあ副業とか

独立している社長にも、副業ってあるんですね

あると思いますよ。そういうのも。
僕の副業を作る打ち合わせをしましょうか。

副業ねぇー、どうでしょう

打ち合わせじゃなくしますか?

打ち合わせじゃなくすって

いえ。打ち合わせですね。
皆塚さんの打ち合わせは、最優先ですから。
どちらにしても。


皆塚は、LINEを閉じて、食べログを開き、飲み会の店を探し始めました。何度も東京で飲んでいるので、「打ち合わせ」として行きつけの飲食店はもちろんあります。しかし、そのお店もこの夏に客数減少で閉店してしまいました。色々がちょうど良かった飲食店だっただけに、代わりを探すのは大変です。検索のキーワードを思考した時、一瞬、「デート」というタブをクリックしそうになりました。新しいお店を探すこのタイミングなら、そういう雰囲気のお店を選んでも、「こんな雰囲気だとは思わなかった」と言い訳ができるかも。そんな邪心が湧き上がったのです。

店や、街の方が変わるんだから、私たちの関係も変わってもいいのかもしれない。そう思う反面、「いえ、打ち合わせですね。」と言い直した宮藤のLINEの文字が現実を突きつけます。

考えているうちに、マグカップの中のココアはなくなってしまいました。もう一度ミルクを温めるか、どうするか。ソファーに深く身を沈めながら、皆塚は考えました。お店を決めるのは、私か、宮藤さんか。

少しだけ思案して、皆塚はマグカップを片手にキッチンへ向かいました。ミルクを鍋にかけ、スマホをとりに戻ってきます。


じゃあお店は、宮藤さん、お願いしますね

え?東京なのに?

はい。プライベートのご予定も、あるでしょうからー ご都合の良い場所と時間でお願いします


FIN.







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