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まえがき(の前編)

岸田首相がロンドンで「Invest in Kishida」と話した時から、日本の個人が株式などに投資をする機運が高まり始めました。NISA(少額投資非課税制度)の拡充、恒久化などが提案され、子供のみならず大人向けの金融教育が大事との話題も出てきました。多くの人たちが、乗り遅れてはいけないのかと気にする一方で、「まとまったお金がない」「知識がない」といった理由で投資を避けています。しかし、まとまったお金がある、知識がある人しか投資できないというのは奇妙です。もし本当に身近なものなら、テレビの仕組みを知らなくてもテレビを見ることができるように、投資もできそうなものです。

投資をしない人は、投資とはもともとお金持ちか退職金などを手にした引退世代で特に勉強した人がするものだ、それゆえ自分たちには関係ないのだ、と思う傾向にあります。しかし私が思うに、投資とは趣味人のすることではなく、資産形成のために、経済や金融市場について知識のない人が知識のないままに(厳密に言えば、投資をしたほうがよいという知識さえあれば)手を出してもよいもののはずです。テレビを触るときには電線に気をつけたりしますが、どうしてカラーで映像が映るのか、走査線とは何か、なぜリモコンでチャンネルが変えられるのか、など知る必要はありませんね。問題は、スイッチはどこか、どうやって見たい番組にたどり着くか、です。さらに文字通り資産形成が目的であれば、いままとまったお金がないのは当たりまえ(これから形成するはず)です。お金も知識もなくても資産形成を始める、これを投資と呼びたいのです。

実際には、金融機関の窓口で、退職金などまとまった資金をお持ちになって「最近一番人気の商品は何ですか?」と聞いてしまう人がよくいます。窓口では「一番人気はこれです」と伝えるでしょう。実は、どちらも無責任と言われかねません。投資する人は、自分の投資の目的を考えていません。薦める人は何が投資する人に合っているのか、目的と現状を理解してよい商品を考えるということをしていません。そこで、いったいあなたはそもそもなぜ投資をするのか、「投資ってなんだ!?」という質問だけには答えを用意しておく必要があるのです。テレビをつけることに理由は必要ではないし、気軽なバラエティを見ようと思ったけど、まじめな科学番組を見つけてしばし見てしまうかもしれません。しかし、その点では投資はちょっと違います。投資の目的は「スリルを楽しみ小金を稼ぐ」ではない、ということをしっかり認識し、(もしスリル部分があるならそれは投機として)目的を明示し、適切な金融商品とめぐり合うようにしないといけないのです。そのために必要な知識は、株式の取引方法や金利計算式ではなく、自分自身の人生設計と向き合うことといえます。

「投資ってなんだ!?」と聞かれれば、私の(ここでの)答えは「引退後の潤いのある生活のために、リスクを取ること」です。よく見かける「ある年齢になったらいくらのお金が必要」というだけの考え方は貯蓄と投資をひとまとめにしてしまっています。ここでは貯蓄はリスクをほとんど取らない部分と考え、投資は「良いリスク」を取るものと考えます。株式を中心とした投資のリスクを「良い」という理由は、世界中で会社の経営者や従業員が最善を尽くして仕事をし、経済環境などで一時的にはうまく行かない会社や時期もあるが(倒産する場合もあるが全体から見れば少数で)、世界的・長期的に見れば、人々の努力と工夫が経済的な成功に結びついていく期待が持てるからです。逆に、引退して自分が働かなくなっても、誰が他の人が働いてその成果を配当などで分配してくれます。それを受け取る人は、働かないし新しい社会の技術知識なども持たないかもしれませんが、金銭的に「リスクを取った」人です。病気への備えなどすべてのお金をリスクのある投資に向ける必要はありません。ただ、引退後の生活の潤い部分をここで増やすことは、幸せにもつながりますし、適切な投資した人との生活格差がつかないようにすることにもなります。

では、潤いのある生活とはなんでしょうか。自分でできる範囲で暗算ででもやってみましょう(他の人に任せられない部分でもあります)。まず私たちは一般に「文化的最低限の生活」を保障されていることを思い出しましょう。病気などで家族とともに厳しい経済環境に陥っても、エアコンのある生活といった水準は生活保護などセイフティネットでなんとか与えられると思われます。いま会社員生活をしている人であれば、ある程度の期間、厚生年金の掛け金を支払うことで、引退後の生活が生活保護を受け取る必要がないほどに最低限保証されています。また、健康保険組合に入っていれば退職後の医療費も保険金を払うことである程度備えられています。さらに多くの人が生命保険や損害保険に加入し、もしもの事態の入院費や子供が高等教育を受けられる程度の「備え」も持っているでしょう。ここまでは「潤い」部分ではなくて最低限の生活と病気などへの備えの部分ですので、リスクを取る投資の対象ではなく元本を大事にする貯蓄の部分と考えましょう。

潤いのある生活とは、最低限の食事や住宅が守られており、病気や火災などへの基本的な備えもあり、自分の退職後に娘が赤ちゃんを連れて働けない状態で離婚して実家に戻ってくるような事態にも多少のたくわえがある上で、さらに「潤い」として旅行や外食や孫への買い物や支援ができるということでしょう。それをどう手に入れるのかを考えるときに、2つのポイントがあります。ひとつは基本的な生活の備えがあるのだから「(良い)リスクを取る」ことができる、もうひとつは、「自分が引退して働けなくなるのだから他の人に働いてもらう」です。

例えば45~55歳の現役世代のあなたは、引退後の「潤い」などに思いをはせる余裕などないと思ってしまうかもしれません。しかし、実は個人年金の商品パンフレットを見たり、年金財形や社員預金で天引きしていたり、意外に気づかないうちに「潤い」へも備えようとしているのではないでしょうか。退職金を受け取ってから考えるのが遅いというのは言い過ぎでしょうが、現役世代のうちに引退後の潤いの想定ができるのならば、それに備えて少しずつの金額でも世界の経済の成長に合わせて成長する投資をスタートし、65歳になったらその資金を成長投資から安定投資に移し、毎月の収入に切り替えていくといったアイデアを持つことができます。NISAのような節税機会を得て、毎年120万円ずつ(夫婦であればその倍にできるでしょう)投資する機会(考える機会)を与えられた現役世代は、引退後の潤いについてイメージを作り、それに向かって例えば世界株式に幅広く投資をし、先進国だけでなく新興国の成長も包括的に手にするようなイメージを描く、あるいは安定した収入のもとになる債券や不動産収入を含めた3種類の資産に世界的に投資するといった選択を考えていくわけです(細かいことは追って説明しますが、「まとまった資金」「マーケットの知識」「相場観」などは不要であると分かります)。65歳で引退するとして(自営業などもっと働ける方もいらっしゃるでしょう)それから90歳くらいまでどう潤いを設計するか、その後はスピードダウンするか、などイメージを作っていけば、備えとは別に夢や希望に資金を向ける投資のイメージがおのずと湧いてくると思います。

(次回「まえがき(の後編)」に続きます)

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