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第3回神谷新書賞

(2022/11/19記)

1.口上

 ありがたいというべきか、恐ろしいというべきか、本来、2022年2月に発表されているはずの神谷新書賞が出ていないではないか、というお問い合わせが何件かあった。

 ながらく体調を崩していた父が、昨年おわりから完全介護の必要な状況になり、どうしても自宅で面倒を見たいという母の希望を容れた我々家族は、交代で神経と体力をすり減らすケアに取り組んだ。

 血中酸素濃度の低下を知らせるブザーにゲラを読む手を止め、自分が父を殺してしまうのではないかという恐怖と闘いながら痰の吸引を行い、小一時間のちデスクに戻ったところで、それまで読んだ内容など頭から飛んでしまっている。

 仕事としての編集のみならず、書物を読む行為自体にも大きな影響が出た。書店のレシートをかき集めて見た限りだと、例年の6割ほどではないだろうか。簡単なメモだけは作っていたが、とても感想めいたことを書き付けるゆとりはなかった。

 このままフェードアウトも考えたのだが、わずかとはいえ問い合わせをいただいたことには感謝もあり、不完全ながらリストアップした資料もあったので、こんなタイミングではあるが発表することにした。

2.20冊選んでみた

1 柿沼陽平『古代中国の24時間』(中公)
2 山本健『ヨーロッパ冷戦史』(ちくま)
3 小島庸平『サラ金の歴史』(中公)
4 伊藤俊一『荘園』(中公)
5 武井彩佳『歴史修正主義』(中公)
6 清水唯一朗『原敬』(中公)
7 千々和泰明『戦争はいかに終結したか』(中公)
8 中西嘉宏『ロヒンギャ危機』(中公)
9 本間正人『経理から見た日本陸軍』(文春)
10 君塚直隆『カラー版 王室外交物語』(光文社)
11 金澤周作『チャリティの帝国』(岩波)
12 佐橋亮『米中対立』(中公)
13 前田啓介『辻政信の真実』(小学館)
14 佐々木貴文『東シナ海』(角川)
15 山本紀夫『髙地文明』(中公)
16 高水裕一『宇宙人と出会う前に読む本』(ブルーバックス)
17 小塩海平『花粉症と人類』(岩波)
18 虎尾達哉『古代日本の官僚』(中公)
19 古田元夫『東南アジア史10講』(岩波)
20 八木正目『古典籍の世界を旅する』(平凡社)2021/01

3.コメント

 例年だったら山本さんの『ヨーロッパ冷戦史』が頭一つ抜けていたのではないかと思う。しかし今年は、如何せん柿沼さんがスゴすぎた。残された資料を丁寧に読み解き、分析と考察を重ね合わせることで、ここまでヴィヴィッドに古代の社会、人々の営みを描き出せるのだ、という驚きと感動。伊藤さんの『荘園』、虎尾さんの『古代日本の官僚』からも同じ香りを嗅ぐ。

 ほんの数年前まで日本人は誰一人「ロヒンギャ」などという言葉を知らなかったし、そこにどのような問題があるか考えたこともなかった。しかし、ひとたび話題に上ったとき、それをきちんと整理し、正確に描き、タイムリーに読者に届けることの出来る中西さんのような研究者がおり、出版社があることは素晴らしいことだ。今般感じる機会のほぼなくなった日本の偉大さといって良いだろう。

 武井さんの『歴史修正主義』や千々和さんの『戦争は如何に終結したか』、佐橋さんの『米中対立』も、二〇〇年に及ぶ近代、自由民主主義、ウェストファリア体制が権威主義の挑戦を受ける今だからこそ、世界を眺め渡す際にこうした多様な手がかり、補助線が用意されている日本人の幸せを思わずにいられない。

 美しい写真に彩られた君塚さんの『王室外交物語』に耽溺することは、介護に疲弊した私の心を一時、自由な歴史の世界に解き放ち慰めとなってくれた。ありがとう。

 小島さんの『サラ金の歴史』、清水さんの『原敬』、本間さんの『経理から見た日本陸軍』、金澤さんの『チャリティの帝国』、山本さんの『髙地文明』、小塩さんの『花粉症と人類』などなど、今回も蒙を啓かれる出会いが数多くあった。すべての著者、編集者、関係者に感謝する。

4.購入リスト

山本明宏『戦後民主主義』(中公)2021/01
中西嘉宏『ロヒンギャ危機』(中公)2021/01
馬場悠男『「顔」の進化』(ブルーバックス)2021/01
佐藤千登勢『フランクリン・ローズヴェルト』(中公)2021/01
中島義道『晩年のカント』(講談社現代)2021/01
八木正目『古典籍の世界を旅する』(平凡社)2021/01
松本佐保『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』(ちくま)2021/02
山本健『ヨーロッパ冷戦史』(ちくま)2021/02 
小島庸平『サラ金の歴史』(中公)2021/02
橋本幸士『物理学者のすごい思考法』(集英社インターナショナル)2021/02
鈴木貞美『満州国』(平凡社)2021/02
中村逸郎『ロシアを決して信じるな』(新潮)2021/02
山本武利『検閲官』(新潮)2021/02
安田峰俊『現代中国の秘密結社』(中公ラクレ)2021/02
小塩海平『花粉症と人類』(岩波)2021/02
浅田秀樹『三体問題』(ブルーバックス)2021/03
君塚直隆『カラー版 王室外交物語』(光文社)2021/03
虎尾達哉『古代日本の官僚』(中公)2021/03
青木栄一『文部科学省』(中公)2021/03
松里公孝『ポスト社会主義の政治』(ちくま)2021/03
白戸圭一『はじめてのニュース・リテラシー』(ちくまプリマー)2021/03
寺井広樹『廃線寸前! 銚子電鉄』(交通新聞社)2021/04
熊本史雄『幣原喜重郎』(中公)2021/04
澤田晃宏『東京を捨てる』(中公ラクレ)2021/04
吉田勝次『洞窟ばか』(扶桑社)2021/04
馬庭教二『1970年代のプログレ』(ワニブックスPlus)2021/04
白井誠『危機の時代と国会』(信山社)2021/04
尾脇秀和『氏名の誕生』(ちくま)2021/04
岡本亮輔『宗教と日本人』(中公)2021/04
小関隆『イギリス1960年代』(中公)2021/05
藤原聖子『宗教と過激思想』(中公)2021/05
四方田犬彦『世界の凋落を見つめて』(集英社)2021/05
金澤周作『チャリティの帝国』(岩波)2021/05
本間正人『経理から見た日本陸軍』(文春)2021/05
小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま)2021/05
前田啓介『辻政信の真実』(小学館)2021/06
古田元夫『東南アジア史10講』(岩波)2021/06
吉川一義『「失われた時を求めて」への招待』(岩波)2021/06
村上靖彦『ケアとは何か』(中公)2021/06
山本紀夫『髙地文明』(中公)2021/06
福村国春『夢中になる東大世界史』(光文社)2021/06
高水裕一『宇宙人と出会う前に読む本』(ブルーバックス)2021/07
千々和泰明『戦争はいかに終結したか』(中公)2021/07
佐橋亮『米中対立』(中公)2021/07
山本健太郎『政界再編』(中公)2021/07
北川成史『ミャンマー政変』(ちくま)2021/07
石戸諭『ニュースの未来』(光文社)2021/08
赤瀬浩『長崎丸山遊郭』(講談社現代)2021/08
柿埜真吾『自由と成長の経済学』(PHP)2021/08
大井赤亥『現代日本政治史』(ちくま)2021/09
芝健介『ヒトラー』(岩波)2021/09
清水唯一朗『原敬』(中公)2021/09
伊藤俊一『荘園』(中公)2021/09
古谷経衡『敗軍の名将』(幻冬舎)2021/09
原武史『歴史のダイヤグラム』(朝日)2021/09
中村圭志『宗教図像学入門』(中公)2021/10
武井彩佳『歴史修正主義』(中公)2021/10
スージー鈴木『EPICソニーとその時代』(集英社)2021/10
幸田正典『魚にも自分がわかる』(ちくま)2021/10
師茂樹『最澄と徳一』(岩波)2021/10
大木毅『日独伊三国同盟』(角川)2021/11
柿沼陽平『古代中国の24時間』(中公)2021/11
杉山慎『南極の氷に何が起きているか』(中公)2021/11
古田徹也『いつもの言葉を哲学する』(朝日)2021/12
佐々木貴文『東シナ海』(角川)2021/12

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