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「澪つくし」がすき

朝ドラが休止中に書こうと思って、noteをはじめたのですが、

すでに再開して1ヶ月半が経過してしまい、いつもの日常が戻っていて、

全然、ここに書くことがなくなってしまいました。

もう止まってないけど、タイトルはそのままに、時々は書こうと思います。


再開後の「エール」は戦争描写に踏み込んで、これまでにない朝ドラと話題です。

戦場で、さっきまで笑っていた人が一瞬で死ぬ、そんな恐怖を描いたり、

主人公が戦争に協力してしまったことを戦後、激しく後悔したり、そういう

ことを書くことに注目が集まっています。

朝ドラの制作統括経験者に戦争描写について取材したとき、これまでの朝ドラは、女性が主人公であることが多いため、戦争の被害者として描くことが多かったから、男性主人公で、戦争にもっと近く関わっていた人物を描くことは画期的だと聞きました。

時代によって戦争の描き方も違うという話も聞いたことがあります。

戦争を思い出したくない時代、戦争についてもっと考えたほうがいいと思う時代……それが波のように寄せては返しています。今年は戦後75年の年でもあり、戦争経験者が年々亡くなっていくので、戦争を忘れずに、そしてもっと考えたほうがいいという時期なのだと思います。

半年ごとに新作が発表される朝ドラを観察し続けると、日本がその頃、どんなふうだったかわかります。それがとてもおもしろいです。

いまはBS で「澪つくし」(85年 脚本ジェームス三木)を再放送しています。「科捜研の女」の沢口靖子のデビュー1年目。二十歳のときの作品で、初々しい。

沢口靖子演じる主人公かをるは、妾(加賀まりこ)の子で、妾が正妻(岩本多代)の病気の看病するなど、なんとも複雑な関係性が描かれています。今はもう、こういうふうなことを朝ドラでは描けないのだろうなあと思います。

正妻には律子という娘がいて、桜田淳子が演じています。律子は大正時代末期の進歩的な女性役で、歯に衣着せない言動がかっこいい。なにかと社会を批判します。

35回でが彼女のこんなセリフが印象的。

「自分の意志でからだを売るのはまだいいと思うわ。問題は強制売春とあくどい中間搾取ですよ」

「ピンハネのこと。それをいえば、入兆だって同じようなことをやってるわけだけど」

「父がたくさんの労働者のうえにあぐらをかいてるってこと」

歌手でもある桜田淳子はこういうお硬いセリフを言っても、涼やかな声で歌うように語り、明晰に響いて、痛快。

このドラマの放送された85年は、男女雇用機会均等法が制定された年であり、世の中の気運が女性に向かっていた頃でした。

近年、ジェンダー問題は大きな課題になっていて、「半沢直樹」における女性の描き方があまりにも男性のお飾り的ではないかなんて話題もあがるほど(私も、ハフポストで、「半沢直樹」の女性の描き方に関する記事を書きました)。たくさんの人が女性の立場の向上を求めて声をあげています。

でも85年に、国民的番組の朝ドラで、こんなにもストレートに発言していたのに、そこから35年間はなんだったのかなあと歯がゆい気持ちになります。

当時の朝ドラは視聴率が、50%を越えていたので、今と比較にならないほど、国民的番組だったわけで、主に主婦がこれを見て共感していたわけですよ。もちろん、ドラマの主軸は、沢口靖子演じる主人公・かをるの数奇な運命にもてあそばれる純愛なのだけれど、律子さんは、「あまちゃん」のアキがかをるだとしたら、ユイちゃんです。それだけ重要な、主人公と対になる人物なのです。「花子とアン」の蓮子さまみたいな人です。

朝ドラで律子さんのような人が堂々と物申す作品が放送されていたにもかかわらず、今はまだ、ジェンダー問題も、労働者が搾取されている問題もまったく解決していませんし、朝ドラでは、そういう問題に関して、どんどん曖昧な表現になっています。

もちろん、演説みたいなセリフが必ずしも良いとは限りませんし、そこはかとなく感じさせるような表現は成熟かもしれません。そういうときもありますが、はたして、すべてが表現として、エンタメとして成熟したのだろうか、と私はふと考えてしまうのです。

朝ドラに関する新書「みんなの朝ドラ」を書いたとき、同じく80年代の「おしん」は戦争に対してはっきり物を申していたことに注目しました。おしんの夫は戦争のとき軍に協力していたため、敗戦を迎えると自殺します。ひとつの時代に殉じたことーーこれはなかなかにショッキングでした。時代と切り結ぶ橋田壽賀子先生の筆力を感じました。「エール」は久しぶりに、この頃の踏み込み方に挑んだと言っていいのかもしれません。

そのうえ、現代的な笑いの要素も盛り込んだ、2020年代を生きる人たちが楽しみながら、すこし考えながら、見るドラマができた。それは素敵なことだと思います。

私は、律子さんのように、はっきりものを言うドラマが好き。「澪つくし」が素敵なのは、たとえば、35話では、社会問題ーーそれも、女性がからだを売ることについて、はっきり語りながら、律子さんは刺繍をしているんですよ。ちゃんと生活の所作をしながら、きちっと意見を述べているのです。こういう芝居にうっとりしてしまうのです。

ふと思うのは、朝ドラってそもそも、社会を男性主体で進めていたことにたいして、女性が主体性をもって生きる支えになるドラマだったのではないかということです。戦争だって男性が中心で進めていたわけで(ギリシャ劇には、男性中心の戦争を皮肉った「女と平和」というのがあります)。そこを女性の視点で描き続けてきたことが画期的だったのではないかと思っていたのですが、男性による戦争の話を描くことは新しさなのだろうか。女性の朝ドラは成熟しきったから、男性の朝ドラをもっと描くことが、2020年代のジェンダーに配慮した朝ドラの取り組みということなのかもしれません。やっぱり朝ドラは波のようだなと思います。








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