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12年で43店舗を成し遂げたゲームチェンジャーが語る 「固定観念を捨てることが最初の踏み絵」

名は体を表し、その人の人生に少なからず影響を及ぼすという。「勇」は物恐じせず、精神の力が強くさかんなさま。「次」は後継者であり、次の時代。
 名前に負けない幕末の藩士さながらの力強い風貌、坂之上勇次。風雲急を告げる美容界における次世代リーダーの1人である。
 岐阜に2店舗だった父親の美容室ビームズを継ぎ、12年の間に43店舗まで急拡大。ヘアサロンからネイルやエステをはじめとする8業態に事業を増やし、経営の多角化によって美容ビジネスの可能性を推し広げた。
 規模が大きい分、刀傷も多い。スタッフの大量離脱、労働訴訟、資金ショート……経営のストレスから全身脱毛症になり、眉毛を毎日描いたことも。
 成功は、じつはその何倍ものチャレンジの上に成り立っている。そう、正直に言えば、美容室経営は苦労の連続。集客も大変、育成も大変、人間関係も大変、出店費用も大変……スタートは簡単にできるが、継続は決して容易ではない。1つの成功例にしがみついたとしても、情報のスピードが速い今、すぐに廃れてしまう時代でもあるのだ。
 日本は史上空前の人口減少社会に突入した。それにともなって美容室の求人・集客がさらに困難になっている。美容室経営は時代の変化に合わせて変わらなければならない。生き残りをかけた戦いがすでに始まっている。


多角化によって、売り上げの柱を複数つくる

 ビームズの事業の最大の特徴は売り上げの柱を複数持つ「多角化」だ。美容室は人が定期的に通うというビジネスメリットを持つ。しかも、顧客と技術者の接する時間が長い。美容室の滞在時間は、最大のプロモーションタイムになるわけだ。これは他業種にはない「強み」である。
「固定概念を外して考えないと、新しい発想は生まれません。今のままでは生産性が低く、利益率の悪い美容ビジネスは他業種に凌駕されてしまう」
 たとえば、カット。このメニューがもしなくなったら、あなたのサロンはどうなるだろうか。坂之上氏はこう話す。
「アイラッシュやネイルなど、ビューティメニューを複数揃える弊社でもカット売り上げは売上構成の20%を占めています。カットというメニューがなくなると経営が圧迫されるのは必至。なぜこんなことを言うかというと、経営をする上でなによりも怖いのが固定観念に依存することだからです。数十年前はカットというメニューは存在しなかったわけですし、カラーだってなかったのです」
 逆説的に考えると、これまで当然のようにあったメニューは新たなメニューによって消滅する可能性がある。カットが無くなり、ヘアウィッグを着替えるのがトレンドになっている可能性も十分に考えられるというわけだ。
 ビームズがこの数年で多角経営を推し進めてきたのは、1つの事業に依存するリスクを極力排し、収益構造の改善に着手するためだという。
「カットが美容室の中心メニュー」「美容室では美容関係の商品しか売ってはいけない」こういった「固定観念を捨てる」ことが経営者としての最初の踏み絵だったと坂之上氏は語る。
 数字に置き換えるとわかりやすい。カット1万円の高単価で毎月に通っていただいても年間支払額は12万円。さらにカラー、トリートメントなどを加えて、平均単価が2万円だとしても年間24万円だ。しかし、ビームズグループには年間利用金額が100万円を超えるお客さまが存在する。従来の美容室にあるメニュー以外を多く取り揃えたからこそ、可能になった数字である。


美容界における働き方改革

 働き方改革にもいち早く着手。女性スタッフが多いビームズには、お客、働くスタッフともに女性のみの主婦サロンがある。託児所完備で、営業時間は18 時まで。雇用形態は正社員、準社員、パートの中から家庭の事情に合わせて選ぶことができる仕組みだ。
「復帰美容師だけでなく、これから技術習得期間の短期化も必須です。練習時間を作れない主婦美容師には、社内SNSを使った動画教育【Eラーニング】なども始めています」
 過去にスタッフと労務問題で裁判が起きたこともある。自身が技術者であるからこそ起こった問題。経営を考える上で大きな転換点となった。
 まだまだ労務環境やトレーニングなどの課題も山積みだが、1つひとつ解決していくしか方法はないと考える。こういった先進的な取り組みは、スケールメリットのあるサロンだけができると捉えられがちだが、決してそうではないと坂之上氏は言う。
「要は、実行するかどうか。ここもやはり固定概念を捨て、マインドシフトできるかどうか。経営は考え方で変わります」


価値観を変えてくれた「脱毛事件」


 ビームズグループも創業40年。幾度となく上り坂と下り坂を繰り返してここまで存続させてきた。その歴史の中で、坂之上氏は身をもって美容の重要性を感じさせられた経験があるという。その1つが、「脱毛事件」だ。
「後頭部を触ってみると、直径6センチくらいの幅で髪が無くなっていたんです。当時は比較的長いスタイルだったので、なんとかセットで隠してサロンワークをしていましたが、夜になると頭頂部に違和感があったので、恐る恐る触ってみると、今度は直径5センチくらいの楕円形に髪がゴッソリと抜け落ちてきました」
 顔にも何か違和感があった。鏡を見てみると、右の眉毛が半分ない。そこから3日くらいで体毛も半分くらい無くなり、髪も全体の半分ほど抜け落ちてしまったという。診断結果は全身脱毛症。原因は特定できず、おそらくストレスだろうとの診断。特効薬はなく、早い人で1年、治らない人は20年かかっても元には戻らないと言われた。
「ストレスが限界を超えたのだと理解していました。社長という重責、そして次から次へと起こる問題解決……結局、元に完全に戻るまでに4年ほどかかりました」
 毎日毎朝1時間以上かけて、もみあげや眉毛、襟足の髪をアイライナーで描いた。そんな4年間を過ごした。
「髪に携わる美容師が、自分の髪が突然無くなったわけですから、もう開き直るしかありません。でも、おかげで髪というものがどれだけ大切なものかというのを身をもって体験させていただきました」


オリジナルシャンプー誕生秘話


 二代目の重責は見えないところで続いていた。髪が生えたと思った矢先、次にやってきたのが、汗疱性皮膚炎。普通の手荒れとは違って、無数の小さな水疱ができてそれが手だけではなく、足の裏、甲、ふくらはぎ、腕、背中とどんどん広がっていった。
 とにかく痒く、クスリを飲んでも全く効き目がない。夜中寝ている間に掻き毟るので毎日身体中から血が噴き出している状態で、服にくっついて、服を脱ぐときに皮膚が剥がれるのでいつまで経っても治らないという悲惨な状態だったという。
「この経験によって肌が弱い方の気持ちがわかるようになりました。そしてサロンメニューの見直しだけでなく、自身の食生活の改善、そして毎日使用するボディソープ、シャンプーなどの開発につながりました」
 アトピー性皮膚炎の方専用のシャンプーや洗顔、ボディソープは現在サロンの人気店販商品だ。
「美容関連事業を営む人間に、全身脱毛症と、汗疱性皮膚炎という、髪と肌に関わる病気を神様がプレゼントをしてくれたと思っています。何事も自分自身が体験しないと相手の気持ちはわからない。だから感謝しています」
 こういった経験が大きな転換点となり、会社の理念やコンセプトも整え、髪と肌に本当に優しいものを提供できる会社へと進んでいった。


ビームズオリジナル商品


美容ビジネスには無限の可能性がある
 ロンドンに美容留学後、技術者として東京で4年修業した、生粋の技術者あがり。今でも顧客のために週に3日はサロンに立ち、美容ビジネスの原点としてこの時間を大事にしている。
 経営・マネジメントはほぼ独学だが、大変な読書家であり、今でも月に15冊は読む。大抵の経営論は頭に入っているものの、実践による生きた学びが美容室経営には重要だと痛感している。
「机上の知識はヒントにはなるものの、やっぱり人の比重が多い美容室にはそのまま適応できない。結局、一番の学びはこれまでの『失敗』でした」
 そんな、坂之上氏が「血を流すのと引き換え」に学んだ美容室マネジメントを、一冊の本にまとめた。
 現在主流になっているマーケティング理論や組織論も美容室の事例に置き換え、わかりやすく解説。これまでにない革新的な美容室経営の教科書ができた。これからの時代の道しるべになる、経営バイブルだ。
 労働時間や技術習得、単価などマイナス面ばかり取り上げられがちだが、じつは勝機がかなりある。時代を変革するチェンジリーダーは、やさしく微笑む。


Bee-Ms 代表取締役社長
坂之上勇次
profile:1977年2月25日、岐阜県生まれ。高校卒業後、英・ロンドンのV.サスーンアカデミーに留学。帰国後、東京都内1社を経て2003年より父が経営するサロンの後継者として帰郷。業態変革に着手し、会社を急成長させる。その動向が注目されているネクストリーダーの1人。

美容師さん向けに、カット・カラー・パーマ・トリートメントの基礎&最新技術と経営情報を発信! 『月刊BOB』『月刊NEXTLEADER』を発行する、美容専門出版社です。