ニオノウミにて

神里雄大

一、夜更け

外国人の釣り人が現われる。
朝が来ないうちに、済ませてしまおう。
人がいないこのときを見計らって外に出るのが、わたしの日課。
わたしの国では人は簡単に殺され、連れて行かれ、どのみち二度と帰ってこない。
人々は飢え毎日のように寝床は移動させられる。
わたしはそんな国を出てこの地にやってきたのです。

外国人は琵琶を見つける。
しかし、いったいこれはなんだろう?

釣り竿を置き、琵琶を手に取り、弾き方がわからないが弾いてみることにする。しばらくすると女がやってくる。
すみません、それはわたしの琵琶です。返してください。

外国人は答える。
あ、はい。

女は、釣り人から琵琶を取り上げる。外国人はこう聞く。
あなたはそれを弾けるんですか?

女は答える。
いえ、わたしは弾けませんよ。ただ、持っているだけです。
ここにいるわたしは、生まれた時からずっとこの場所に住んでいます。
学校は出ましたが、やりたいことなんていう、その言葉の意味がわからなくて、
両親は離婚し、ふたりとも家を出ていきました。
兄は東京に出たまま帰って来ないので、もう全然会っていません。
祖母は数年前に死にました。
残されたのは祖父とわたしだけ。
じじいはこの湖でずっと漁師をしています。
でも、ちょっとボケてきました。
わたしは祖父をじじいと呼ぶ。愛を込めて。
こんなご時世なので、そろそろ車の運転をやめさせたい。
ですが、じじいは頑として聞きません。
昼に眠り、夜になると港まで乗りつけ、漁に出ます。
わたしも、一緒に船に乗る。その運転は、やはりじじいがします。
貧しい暮らしです。昼に寝て、夜に湖に出る。
湖といっても荒れる日もある。
山からの吹き降ろしの風がまるで台風のように水を荒らす。
そういうとき、わたしたちはずっと家にいる。
家でずっと、テレビを見ている。
そんな悲しい生活です。
わたしの手は若い女の手とは思えないほどに荒れ、
水は荒れ、手も足も荒れ、アレレ
そうやって、じじいが歌う。むかつく!
耳もずっと遠くなった。おなじ話を何度も繰り返す。
「ごちそうさま」から十五分も待たずに、飯はまだかと言う。
でも、じじいから車を取り上げたら、もう漁にも出れなくなる。
妻には先立たれ、子どもも帰ってこない。
ほかにやることなんか。
そろそろ運転は危ないと思っているものの。
湖は美しいです。たしかにそう。
名所もあるし、観光客がやってくる。
バス釣りの客がたくさん、本当にたくさん、やってくる。
でも、だからといって、わたしたちの生活の足しになるわけではない。

外国人は長いあいだ女をじろじろと見たあと、しゃべる。
あなたはお金がほしいんですか?

女は答える。
ほしいです。
なんですか、
あなたはわたしと遊びたいんですか。
でも、ここでは遊べませんよ。
ではこうしましょう。
船に乗って、湖に浮かぶ島に行きましょう。
そこは神聖な島、古代からこの景色を守ってきた神々が祀られています。
なにか不思議なことが起こる気配を、あなたも感じることができるはず。
いるだけで力がみなぎる島。
この時間であれば、島に人はいないでしょう。
わたしと一緒に行くならば、あなたの願いを叶えてあげます。

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