(戯曲) レッドと黒の膨張する半球体

(戯曲) レッドと黒の膨張する半球体

俳優
男1 女1 男2 男3 /女2
舞台
舞台奥が深い闇。闇のほうから舞台へ少し土が浸食している。ほか素舞台。
※特に指示がない場合、俳優は闇から登場する。

※同じ人物のセリフが分かれて書かれている場合は、それらのセリフの間に、相応の間や余韻が必要と想定されている。
例:
男1 ああ、手が……手が震えている、止まらない
  男1 ああ、顎が……顎が震えている、止まらない


一部 第一場

男2、男3、ヘラヘラしすぎながら椅子をもって出てくる。はじまり。
ふたりは座り、あるいは立ち上がり、熱く議論する。相手の話はまるで聞いていない。鼻くそをほじったり、それを舐めたり、くしゃみをしたり、観客席をニヤニヤ見たりしながら、自分の話をしようと躍起になっている。

男2 移民にとっての同化問題というのはいつでも付いてまわる。同化とはなにか? 父親は祖国への郷愁が捨てられずにいるが、我々二世はここで生れ、故郷がある。祖国はただの外国だ! しかし父親は祖国の伝統を最後の頼りに、自分のアイデンティティの最後に伝統を持ってくるのだ。それは我々子どもたちにとって異物でしかない。親は祖国の伝統を押し付ける。子どもは黙っていなさいと、背中から学べと、私の言うことに疑問を持つなと。そして学校と家の乖離が始まる……。

男3 我々はついにかの地へたどり着いた。漲るエナジー、ほとばしる男根! 卸したてのパンツを一丁はいて立てば、女は歓喜の悲鳴を上げる! ……はずだ! フェロモンは芳醇で、おれたちの誰も怒りで酒は飲まない! 地価は暴落し、ネズミさえ住みつかない土地に降り立ち、努力をしてきたのだ。金持ちの日本人は絶望的に薬を飲んで死んだ。なのに女どもは股を開かない! 開け、開け! お前の股! 開け、開け! ゴマ!

男2 おれはこんなに言葉を普通にしゃべっている。しゃべる努力も、みんなと同じようになる努力も、おれは生まれながらにしてきている。努力家で、好奇の目に屈辱に耐え、何の努力もなく、当然のように生まれ住み育った連中より、学び書き、考え実行してきた。だが親は伝統を大事にし、おれたちに押し付けている!

男3 ヒポクラテスによると、我々の体は四つの体液で構成されているという。すなわち、血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁だ。血液が多いやつは楽天的、粘液は鈍重、黄胆汁は気難しく、黒胆汁は憂鬱。我々は血液が踊って、希望に溢れていた!

男2 母親は悲しそうな顔をして呪っている、自分の血が汚れていくことを。汚れたその結果がこのおれ。子どもを引き連れて街を歩く母、じろじろと目線。買い物カゴにはおまえらと同じ食べ物が載っている、やがて街に出るのをやめ、おれを閉じ込め、お前を愛していると泣きながらおれに抱きついた、その手は震えている、ぶるぶると。たぶん怒りで。

男3 私たちは、無口で礼儀正しく、それでいて他文化への性的な憧れが尽きないという国民性、噂に憧れて、この地へやってきた。金を出し合い船を買い、2012年10月28日のことだ。
(※日付は上演日の1年後を想定している。)

男2 同化における一番の課題はやはり教育だ。土地の文化を知り、尊重することで親父の文化をも大切にすることができるはずだ。それこそが同化という言葉が表すことじゃないのか。

男3 それがどうだ。噂は噂。やってきたこの地はまるで薄暗く、黒胆汁が溢れてたんだ。それなのにやつらは皆、逃げ腰の言い訳を撒き散らしている。女どもは社交的どころかおれたちを見ては唾を吐いた!

男2 移民排斥の動きは確かに自国文化を守るためのものとして、言ってみれば当然であることは理解される。それは正直なところ移民その人たちにも意識されるべきだ。だからこそ他者を知れ、まずは学べのはずだ。

男2 やつらの歴史なんかはしらない。作法がわからない。伝統が失われてしまったとき、おれたちはそれをなぞる必要はない。だからおれたちは立ち上がったのだ! 暗く死んだ魚のような目をした女どもを必死に口説き落とし、子どもを産ませた。確かにこの地は一度死んだし、世界中の世間知らずの馬鹿どもから疎まれている。だが、そこでおれたちはおれたちの伝統を確立し、生への希望を見つけた。こんなに希望的なことがあるだろうか。

男2、男3、ものすごくヘラヘラしながら退場。


第二場

男1、闇とは反対側より登場。くたびれたスーツ姿にリュックを背負い、足取りは頼りない。何ものかわからない、深い闇を見つめ、しばらくののち中途半端に止まる。そこから目線を外すことができない。闇の向こうにはなにか今まで見たこともないような、巨大で不気味なものがある気がするが、よくわからない。
男1、わずかに震えだし、気づくと泣いていた。目線は闇を見つめたまま固定され、後から後からこみ上げてくる絶望感と悲しみに、体がばたつき、やがてばたつきは大きくなり、勢い余って、ひざまずいた。
男1は最後の勇気を振り絞り、背負っていたリュックからペットボトルを取り出し、水を一口飲んだ。おいしい。すぐに残りを飲み干した。そして飲んでいるのが無駄になるかのような大量の涙を流した。
そのことがまた、行き場のない怒りを呼び起こし、男1はペットボトルを闇に向かって投げつけようとした。が、すんでのところで留まった。そんなことをしても何の解決にもならない。
わずかな抵抗として、男1はペットボトルを優しく闇のほうへ放った。そして力は抜け、その場に崩れた。
男1は、尻を一番高くし牛のような格好、頭は低く、地面を舐めるような体勢になっていた。そして、「プッ」と男1は屁をしてしまった。


第三場

男2、ヘラヘラしながら登場。
◆男2、牛の真似を始める。四つん這いで、尻を一番高くし、膝もあげる。よく見ると苦しんでいるようである。
しばらくすると起き上がり人間に戻る。相変わらずニヤニヤしている。

男2 わかると思いますけど、これ(さっきまで牛をしていた場所を指し、)は牛です。(◆をくりかえす。)

男2 この牛は順調に行けば寿命をまっとうします。(男1を連れてくる。男1はすでに牛のような挙動になっている。)

男2 この牛は順調に行けば寿命をまっとうします。(◆をくりかえす。)

男2 この牛は本来であれば売りに出されるはずです。(◆をくりかえす。)

以下のセリフ☆★は、同時に発せられる。しかしながら、完全に重なるというより、掛け合いのようになっているほうが好ましいと思われる。

☆男1 眠い……眠気と闘っている、わたしは
横になりたい……横たわりたい、わたしは
汚れている……脂ぎって埃まみれで臭っている、わたしは
髪の毛が恐ろしく……恐ろしく荒んでいるかゆい、髪が……

男1、埃やフケを吹き飛ばすように体を振回す。
シャツを脱ごうとするが、脱げない。

男1 シャワーを浴び、少しばかりの水を飲み、ベッドに横たわる……(横たわる。)

★男2 この牛の寿命はだから売りに出されるまでです。(◆をくりかえす。)
だけどこの牛はおそらく、寿命をまっとうできません。(◆をくりかえす。)
私とこの牛は、関係ありません。(◆をくりかえす。)

男2 (尻の臭いを嗅いで)へへへ、くせええ、へへへ。

男2、退場する。
男1のシャツがようやく脱げる。それから、また着る。やがて下半身がおぼつかなくなる。

男1 虫が……わたしの歩くところだけに虫がまとわりついている、それも何匹も
わたしは……そうとも歩いているのだ(起上がる)

男1 ああ、手が……手が震えている、止まらない

男1 ああ、顎が……顎が震えている、止まらない

男1 ああ、胸が……胸が震えている、止まらない

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(戯曲) レッドと黒の膨張する半球体

神里雄大

222円

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作家・舞台演出家。「岡崎藝術座」という演劇団体の主宰。http://okazaki-art-theatre.com