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上久保の理論(1)「ネオ55年体制」など存在しない。新しい対立軸は「社会安定党VSデジタルイノベーショングループ」だ

「自民党の左傾化」「野党の補完勢力化」が進む現在の日本政治は、もはや「保守VSリベラル(革新)」という従来の枠組みでは説明できなくなっている。
 
自民党は英国の「保守党」と「労働党」を合わせたような「包括政党(キャッチ・オール・パーティー)」という特徴を持つ。いわば、自民党は日本国民のニーズに幅広く対応できる、政策的にはなんでもありの政党だ。野党との違いを明確にするのではなく「野党と似た政策に予算を付けて実行し、野党の存在を消す」のが自民党の戦い方である。
 
実際に、これまでの自民党は野党が考え出した政策を取り込み、野党の支持者を奪って長期政権を築いてきた。その具体的な政策は、直近であれば「全世代への社会保障」「子育て支援」「女性の社会進出の支援」などがある。
 
これらは、本来であれば「左派野党」が取り組むような社会民主主義的な政策だといえる。そうした経緯もあり、現在の立憲民主党、社民党、日本共産党などは、自民党の「補完勢力」に成り下がっている状況だ。
 
言い換えれば、現在はあらゆる政党が「弱者救済」を志向しており、似通っている政策が多い。その一方で、今は自民党・野党を問わず、さまざまなイデオロギーを持つ政治家が増えている。もともとは保守系だが、マイノリティーの権利保護に熱心な政治家。本来はリベラル系だが、安全保障政策の拡大を主張する政治家がいるのだ。
 
 所属政党に関係なく、一人一人の政治家が多様な考え方を持ち合わせる時代になっているのだ。この入り組んだ状況を、「保守VSリベラル(革新)」という単純な対立項で論じるべきではないだろう。
 
 それにもかかわらず、政治学の世界では現在、「ネオ55年体制」という言葉が流行している。自民党が優位である構図と、与野党のイデオロギー的な分極化が、かつての「55年体制」と似通っているというのだ。言うまでもなく、私はこの考え方に違和感がある。
 
 現在の政局が「55年体制」と同じに見えるのは、政界の極めて細かい部分に着目しているからだろう。確かに憲法や安全保障政策の細部を巡っては、与野党は相変わらず論争を繰り広げている。だが視野を広げれば、「弱者救済」という根本は同じである。
 
 少数派を除けば、多くの政党は「台湾有事」「北朝鮮のミサイル開発」といった脅威について、対話などを通して現実的に対処するしかないと考えている。東西冷戦期と比べれば、集団的自衛権の解釈や武力行使を巡る「大きな分極」は存在しない。
 
それでは、今の日本社会に存在する「新しい対立軸」が何かというと、政治の「内側」対「外側」だ。政治家と一部の有権者の間で分断が起きており、今後さらに加速する可能性が高いとみている。
 
 どういうことか説明しよう。今の政治の内側には「社会安定党」と呼ぶべきグループがある。その対抗勢力として、政治の外側に「デジタル・イノベーショングループ」と呼ぶべき集団が出てきている。
 
「社会安定党」は、デジタル化などについていけない「負け組」「弱者」を守るためにある。現在でいえば、自民党・公明党の連立与党と、両党を補完する立憲民主党・社民党・日本共産党・れいわ新選組などで構成される。
 
 与野党が混在する同グループの政策は、(1)弱者・高齢者・マイノリティー・女性の権利向上、(2)同一労働同一賃金・男女の賃金格差解消、(3)外国人労働者の拡大・斜陽産業の利益を守る公共事業の推進、(4)社会保障や福祉の拡充・教育無償化――などだ。
 
 いわば、社会の急速な進化と、それに伴って生じる格差から「負け組」を守るシェルターを作ることが「社会安定党」の役割である。
 
 一方、政治の外側にいる「デジタル・イノベーショングループ」には、SNSで活動する個人(インフルエンサー)、起業家、スタートアップ企業・IT企業のメンバーなどが含まれる。
 
 彼・彼女らは「勝ち組」を目指す「強者」である。第一の関心事は、自分の利益でありキャリアアップだ。加えて、日本のデジタル化やスーパーグローバリゼーションなど、社会の発展にも関心がある。
 
 そのため、「社会安定党」と「デジタル・イノベーショングループ」の思想・信条は大きく異なっている。
 
 もし「デジタル・イノベーショングループ」が野党のいずれかを支持すれば、その政党は「社会安定党」を抜け出し、自民党の対抗馬になるだろう。だが今のところ、彼・彼女らの支持に値する政党は出現していない。
 
 本連載ではかつて「デジタル・イノベーショングループ」から支持される可能性を秘めた政党として、日本維新の会(以下、維新)に期待していた。
 
 だが結局のところ、維新の改革の中身は、地方分権・行政改革・規制緩和など「90年代の自民党」に似た「古さ」を感じさせるものにとどまっている。「インターネット投票の実現」「中央デジタル通貨の研究開発」といった政策提言を行ってはいるものの、与党でないこともあり、実現可能性は乏しい(参考資料)。
 
 維新の馬場伸幸代表が「維新は第二自民党」と発言するなど、「自民党を支持する保守層を取り込む」という発想から脱却できていない点も気掛かりだ。このままでは、維新は「社会安定党」を構成する勢力に成り下がってしまうだろう。
 
 かといって、「デジタル・イノベーショングループ」が自民党を支持することもない。確かに自民党は「デジタル庁」を立ち上げて、マイナンバー関連をはじめとするデジタル政策を推進してきたが、日本のデジタル化は他の先進国よりも相当に遅れている。その水準は、彼・彼女らが到底満足できるものではないからだ。
 
では、「デジタル・イノベーショングループ」は今後、どのような形で「社会安定党」に対抗していくのか。
 
 この点について、昨年放送されたインターネットテレビ番組『ABEMA Prime』で、実業家の堀江貴文氏が注目すべき発言をした。具体的な発言内容は以下の通りだ。
 
「(自民党に対抗できる勢力は)マネーと志と戦略があったら作れる」
「前明石市長の泉房穂さんは、次の総選挙で政権を取れるぐらいの発言をしている。(中略)彼のところに前澤友作のような人が1000億円を入れると言ったら政治は変わる」
「そこにインフルエンサーも絡んできたら、小選挙区も比例も一気に獲得して、政権交代する可能性はあると思う」
(※詳細は、23年12月1日付のニュースサイト『ABEMA TIMES』を参照した)
 
 堀江氏による一連の主張は示唆に富んでいる。
 
「デジタル・イノベーショングループ」が後ろ盾となって、自分たちの思想に合う起業家や無所属の政治家などを擁立し、資金・集票力の両面で支援する。同グループのインフルエンサーが影響力を生かし、支援したい人物の認知度向上に一役買う。この動きが本当に実現すれば、自民党に取って代わる第三勢力が、既存の対立項の「外側」から突然やって来るかもしれない。
 
 余談だが、前原誠司氏が先日、国民民主党を離党して「教育無償化を実現する会」を結党した。しかし「教育無償化」が軸では、先述の通り「自民党の補完勢力」の域を抜け出せないだろう。前原氏が「非自民・非共産」を掲げて勢力を拡大したいならば、「デジタル・イノベーショングループ」と接触し、その力を生かす方策を練ってはいかがだろうか。
 
「新しい対立軸」に話を戻すと、「勝ち組」であることを志向する「デジタル・イノベーショングループ」の力を借りて、特定の人物や政党が影響力を持つことにはリスクが付きまとう。民主主義の思想の根底にある「全ての人間は平等である」という原則が崩れかねないためだ。
 
 質の高い教育を受け、ビジネスやITに精通し、資金力のある「勝ち組」が政治に関わる。そして、日本のさらなる成長やデジタル化を目指していく。その流れは「弱者救済」を志向する昨今の政治とは明確に異なる。もしかすると、国民の優勝劣敗が鮮明になり、格差が広がるかもしれない。
 
 その良しあしや実現可能性をここで論じるつもりはないが、「新しい対立軸」が民主主義の否定につながる懸念があることを、われわれは自覚しておく必要があるだろう。
 
 
(参考論考)

 






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