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ゲストハウスのオーナーさんとの話でみえた「ヨソモノ」の効能 #日光

日光街道 太陽のもとのてらこや」最終日を終えたわたしたち運営メンバーは、JR日光駅近くのゲストハウス「巣み家」に宿泊。
皆がお風呂に入りに行っている間(当たり前だけどゲストハウスには一つしか洗面所がないため近くのファミテック日光さんへもらい湯に※23時まで@500円!)、風呂上がりの子どもたちを待つ母親さながら、わたしは宿に残って反省会(≒お茶の間でのだんらん)の準備にいそしむ。

ゲストハウスのオーナーさんもしばらく残ってくださり、巣み家をつくった背景や、近隣の地元の方たちとの関わり、日光の最近の動き、おすすめスポット等々についてお話を聴かせていただいた。

オーナーさんは、宇都宮の方、とのこと。わたしたちからすると同じ”日光界隈”という言い方でくくりたくなるけれど、オーナーさん曰く、宇都宮と日光は異なるエリア。
そこは、宿場町(日光宿、宇都宮宿、その間には徳次郎宿、今市宿も)としてのへだたりがあるのだなと納得。
そして、このゲストハウスのお隣のギャラリー運営をしている方は、浅草在住で、日光と浅草を行き来しているとのこと。
そういえば、前日に泊まった今市のゲストハウスのオーナーさんも、日本橋界隈で暮らしていて、今市と東京(江戸)を往来している、と言っていたな。。。
日光街道を歩いていると、「都道府県/市区町村」という単位ではなく、「宿場町」「藩」という異なる単位でまちを捉える必要性を感じる。そして、東京(江戸)との往来や、宿場町間の越境から、新しいこころみの兆しが生まれている。
江戸時代、あるいはそれ以前の歴史が土地に刻まれて、現代のまちのつくりとの間で多層構造になっている、ということを、わたしたちは認識していかないといけない。

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