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【書評】『トランプ現象とアメリカ保守思想ー崩れ落ちる理想国家ー』

文献:『トランプ現象とアメリカ保守思想ー崩れ落ちる理想国家ー』(左右社、2016年)
著者:会田弘継
担当:カリン

この書籍においては、まず、トランプ現象が起こる背景、トランプ氏が指名を得ていくまでの過程、アメリカ社会の保守とリベラルの歴史、トランプ大統領の経歴・思想の説明、そして最後にアメリカ国内の政治的思想が述べられている。
 トランプ現象が起こる背景としては、本書では中間層の不満を主な原因として挙げている。ただし、それだけであれば、様々なマスメディアが述べていることと何ら変わりはなく、特に注目に値しないだろう。その点で本書の特筆すべき点は、エリート文化への反逆をトランプ氏が行っていたという点であろう。エリート文化、つまり「さまざまな差別発言に対する自己規制、暗黙のルール」、つまりポリティカル・コレクトネス(PC)に対し、そのような物を守っていたら自分たち白人の中間層が没落してしまうという彼らの心理を利用し、トランプ氏はわざとそれらを無視した発言を繰り返したのである。この点について、私はエリート文化への反逆、ポリティカル・コレクトネスへの反対という点で、日本で言う「プロ市民」という言葉を思い出した。背景・意味合いなどが違う点もあるが、これはトランプ現象に近いものが起こる土壌が日本にも存在するということを意味しないか。
 トランプ氏が指名獲得するまでの過程には、泡沫候補であったトランプ氏が指名を得るまでの過程が書かれている。ここにおいては、共和党のルビオがまず敗退をし、ジョブ・ブッシュも予想外に人気が伸びず、消えるはずだったトランプ氏が勝ち残り、表面的なものであるという予想を裏切ってトランプ現象によって大統領になる様子が述べられている。
 次に、アメリカ政治の歴史が書かれている。理想国家としてのアメリカから、トランプという破壊者が現われるまでである。まず中産階級全体が追い込まれていることが取り上げられ、それからクリントン政権と金融バブル、ポスト工業化社会、ティーパーティー運動、トランプ現象、ニューライト運動、大覚醒運動など、繰り返される信仰復活運動が順に述べられている。さらに、アメリカの政治は保守と革新の間で30年ごとに政権が交代するというアメリカ政治の30年サイクルが指摘されており、このサイクルによると、トランプ政権によって保守に交代されるのは早すぎると主張されている。しかし一方で、オバマ大統領が世界の警察官をおりるという政策とトランプ大統領のアメリカファーストはある意味で同じものではないかとの指摘も本書の中でなされており、このことを読み、アメリカ政治にこれまでになかった変化が起きているのではないいかとの感覚を得た。また、本書で後に述べられている、「アメリカ政治のワイマール化」とも関係があるのではないか。
 続いて、トランプ大統領の経歴、彼はどのような人生を生きてきたのか・彼がビジネスで成功していく過程が述べられている。この章を読むと、我々が一般的に捉えているように、トランプ氏がただ過激な発言を繰り返すだけの人物ではなく、むしろそれは戦略であり、彼がビジネスマンとして高い先見の明を持っていること、また学生時代の逸話などでは努力家な一面もあったことが分かる。
 最後に、保守層の願望、保守思想が再び混迷していること、そしてトランピズムに流れ込む反動思想が述べられている。
 まず、保守層の願望においては、アメリカのワイマール化、つまり「ナチズムの登場につながったワイマール共和国と西洋各国は、四つの点で似た状況になって」おり、その四つの点とは「第一に不況、第二にさまざまな制度への不信、第三に敗北感(social humiliation)、そして第四に政治的な混乱状況(political blunder)」であるとしている。そして、1950年代という、豊かではあったが、人種差別も色濃く残っていた時代へのノスタルジーを多くのアメリカ人、特に白人の中産階級が持っていることが述べられている。この、アメリカのワイマール化と1950年代へのノスタルジーという二つの要素は、この二つの要素がアメリカを間違った方向に進ませる恐れがあるという点は非常に警戒すべき点であると感じた。
 保守思想の再度の混迷については、民主党政権であるはずのクリントン政権が共和党寄りの政策を行ったこと、冷戦終結による保守派の分裂、そしてネオコンの存在が主に述べられている。
 そしてこれらの状況によって反動思想がトランピズムへ流れ込み、その反動思想とは人種秩序の再構成を唱えたフランシス的な物であると警告がなされている。


ー編集者コメントー
 トランプ氏は、ポリティカル・コネクトネスをある意味無視した発言を行い、それまで不満を持っていた中間層を引き付けた(トランプ現象)。それと同じような土壌が日本でも醸成される可能性があるとの見解がありましたが、なかなかそうなるのは難しいのではないかと個人的に感じています。というのも、一人の政治家が、たとえば外国人排斥を訴えたとして、そこまで多くの有権者がついていくという想像がつかないところがあります。まあ、それが起こったからこそトランプ現象なるものが発生したともいえるのでしょうが。 *編集者コメントは編集者の個人的な見解になります。

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