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北村透谷「国民と思想」現代語訳

「国民と思想」は、北村透谷の最も重要な社会評論の一つであり、明治26年7月に雑誌『評論』第8号に発表された。透谷は、山路愛山との人生相渉論争の中で、明治26年の4月から5月にかけて雑誌『評論』に「日本文学史骨」明治文学管見1~4の連載を続けていが、これを中断して「文学界」5月号に「内部生命論」を発表した。この「内部生命論」は人生相渉論争の相手である山路愛山への反論と言うよりも、その背後にいる徳富蘇峰への反論となっていて、これに全力を傾注するため「日本文学史骨」を中断したと一般には考えられている。一方、色川大吉は、自由民権運動に挫折して文学に転向した透谷にとって、西南戦争の所まで書き進んだ「日本文学史骨」を書き進めるには、自由民権運動の総括を求められるため、そこで筆が止ったのではないかという見方を提示している。

その後の透谷が、「日本文学史骨」を再開するのではなく、いわば仕切り直しをする形で書いたのが、この「国民と思想」である。この評論は日本社会が当面する課題について真正面から論じている点で貴重であり、二つの特徴を持っている。第一は、内容が社会評論でありながら、詩人透谷らしい文学的な修辞が使われていることである。透谷は文学評論ではしばしば修辞性の高い表現を用いていたが、社会評論でこの形を用いたものは珍しい。第二に、この評論の中で透谷は「私はインディビジュアリズムの信者であり、デモクラシーの敬愛者である」と自己の思想的な立場を正直に表明していることである。透谷の社会思想を理解する上で必須の評論になっていると言えよう。

この現代語訳の底本は、『明治思想集Ⅱ』(近代日本思想体系 31)、筑摩書房、1977年刊行に所収のものを用い、『北村透谷集』(日本現代文学全集 9)、講談社、増補改訂版、1970年5月刊行を参照した。

国民と思想

北村透谷 著  上河内岳夫 現代語訳

1.思想上の三勢力

 一つの国民の心性上の活動を支配するものが三つある。過去の勢力、創造的勢力、交通の勢力であると言う。今日の我が国民の思想上における地位をつまびらかにしようとすれば、少なくとも上の三勢力に訴えて、そうして後、明らかにその関係を考察しなくてはならない。

 「過去」は無言であるが、よく「現在」の上に号令する権力を握っている。歴史は意味のないページの堆積ではなく、幾百代の国民は、歴史上に心血を印して去って行った。骨は朽ちるだろう、肉は腐るだろう、されども人間の心血が捺印した跡は、これを抹消することはできない。秋の果物は熟すればすなわち落ちる、落ちるのは偶然にして偶然ではない。春の日は光が暖かで、百花がけんを競う、これもまた偶然ではない。自然は意味がないようだが大きな意味を持っており、一つの国民の消長、窮達きゅうたつ[貧窮と栄達]を言う時において、私は深くこのことわりを感じないではいられない。引力によって相互につながりまとまる物質の力、自由をもって独自に卓越する精神の力、この二者が相互に率い、争い、呼び、結んで、幾千幾百年の間、一つの原因より一つの結果に、一つの結果より他の原因へと、転々と転化してきた跡を、どうして一朝一夕に動かし去ることができるだろうか。

 されども「過去」は常に死に行くものである。そうして「現在」は常に生まれて来るものである。「過去」は運命がこれを抱いて幽暗な無明に投じ、「現在」はしばらく紅顔の少年となって希望のたもとにすがる。一つは死んで一つは生きる。この生々死々の際を、一つの国民は時代という車に乗って、いつまでも続く終わりのない長い道を輪を描いて回る。

 いずれの時代にも、思想の競争があり、「過去」は現在と戦い、古代は近世と争う。老いた者はいにしえを慕い、年少の者は今を喜ぶ。思想の世界は限りのない土俵である。[横綱]梅ヶ谷もここでその運命を終わり、[横綱]境川もここでその運命を定めたのである。およそ土俵に登って来る者は、必ずまた土俵を去らなくてはならない。この世界には永久の桂冠があるとともに、永久の正義と罰がある。この世界にはかつて沈静があることはなく、一時として運動を示さないことはなく、一日として代謝を告げないことはない。主観的にこれを見る時は、この世界は一種の自動機関である。自ら死し、自ら生き、そうして別に自らその永久の運命を支配しつつあるものである。

 一つの国民に心性上の活動があるのは、自由党があるがゆえではなく、改進党があるがゆえではない。彼らは劇場で演技する俳優であるが、別に書物の裏に隠れて、彼らのために台本を制作する作者があるのである。偉大な国民には必ず偉大な思想がある。偉大な思想は一挙手一投足の間に発生すべきものではない。一つの国民は耐久的な修養の力を待つのでなければ、盛んに茂る大樹のような思想を到底期待することができないことを、どうして知るだろうか。

 過去の勢力はこれを軽んじるべきではない。されどもいたずらに過去の勢力に頑迷して、乾枯した歴史の枯木の夢に酔うことを、どうして国民として役に立つよい兆しとすべきだろうか。創造的勢力は、いずれの時代にあってもこれを欠くことができない。国民の生気は、その創造的勢力によって占うことができるだろう。最も多く保守的な時、最も多く固定的な時は、国民は自然に墳墓を眺めて進みつつあるのである。創造的勢力は、潮水を動かして前進させるもの、これがなくて思想はどうやって円滑に流動するだろうか、これがなくてどうやって国民に進歩的な生気があるだろうか。

 創造的勢力と馬を並べて、走りまわるものがあり、これを交通の勢力とする。今や、思想に対する世界は日一日と、より狭くなって行こうとする。東より西に動く潮があり、西より東に流れる潮があり、潮水は天のなすところである。人の働きでこれを支えようとするのは、痴人の夢に類するものである。東西南北は、思想の外側サイズにすぎず、思想の城郭ではないのである。思想の至極の姿は円環である。みだりに東洋の思想に執着するも愚であり、みだりに西洋思想に心酔するのも痴である。急流早瀬で舟を運行するのは難しい、されども舟師は上手に富士川を下って、船客を安心させる。富士川を下るのは難しい、されどもその最も難いのは、東西の二大潮流が狂湧猛瀉して衝突する際にある。この際において、うまく過去の勢力を無視せずに、創造的勢力と交通の勢力とを鉄鞭かなむちの下に駆使する者があれば、私はこれを国民が最も感謝すべき国民的大思想家であると言いたいと思う。

2.今の思想界における創造的勢力

 念入りに今の思想界を見回すと、創造的勢力は未だその弦を張って矢をつがえるに至らず、かえって過去の勢力と外来の勢力とが勢いを競い、陣前で馬が頻りにいななく声を聞く。戦士の意気が甚だ高揚して、そうして民衆はおもむく所を失ったような観がないわけではない。

 見よ、詩歌の思想界をあざける者は、その余りに陋狭ろうきょうで硬骨がないことを笑うのではないか。見よ、政治を談じる者は、空しく論議の虚影に追随して停まる所を知らないのではないのか。見よ、デモクラシーは昔からの長夢をかき乱し破ろうとしてもがくだけ、アリストクラシーは急潮の前進を妨害しようと騒ぐだけではないか。このようなことは、もとより今の思想界の必然・当然の運命であるだろうが、心ある者が陰で前途の濃い雲を憂えるのは、またやむを得ないことであるのか。今の思想界は実にこのようなものである。いたずらに人間の手で自然の力を奪おうとしてはならない。進むべき潮水は遠慮なく進むべし、退くべき潮水は振り返って見ることなく退くべし。直ちに馳せ、直ちにはしり、早晩大きく撞着することがあるのを期待せよ。このような撞着の真ん中から、新たに生気が勃々ぼつぼつとした創造的勢力が醸成してくるということわりがあることを、知らないのだろうか。

3.姉と妹

 某村に某家があり、三千年の系図があると誇って言う。この家は近頃までは、全村の旧家として威勢が赫々かっかくとして犯すべからざるものがあった。されどもこれは山間の一小村であって、四囲を重なり連なる山々に囲まれて、自然に他村と隔絶したことによるだけである。今を去ること三十年前に、ひとたび他村との交通を開いてから、たちまちに衰退して前日の強盛は夢のよう泡のように、再び回復することができないものとなった。この家に二人の娘があり、姉は幼いころから隣村の某家に養われて、成人するまで家に帰らなかった。彼女が養われた家は宝貨が充実して、生活を整えることにおいて一つ一つその時機に投じないことはなかった。これによって彼女の芳紀が正に熟する[年ごろを迎えた女性の年齢になる]と、豊頬ほうきょう秀眉しゅうびで一目で人を幻惑するなりがある。ある時に人に伴われてその実家に帰り、その妹を見たところ、風姿はいささかも損なわれていないけれど、おのずからやせて弱々しく顔色も光沢を欠いている。姉はしきりに自分の美貌を妹に自慢しようとする。妹はすぐに言う、「あなたは、体は健やかで美形であるけれども、他家に寄寓して成人した。私は体が弱く形はまた醜くいけれども、祖先の家を守ってしばらくもここを離れなかった。私には誇るべき所があって、どうしてあなたに劣ることがあろうか」と。

 姉の頭にはデモクラシー(共和制)と言う銀のかんざし燦然さんぜんとしていて、インディビジュアリズム(個人制)と言う花のかんざしが煌めき、クリスチャン・モラリティー[キリスト教道徳]もまた飾られていて、これは真に絶世の美人である。そうして妹の頭には祖先の血によってなる毛髪の他には何もない。妹の容姿は悄然しょうぜんとしている、姉の顔は妖艶である。妹の未来は悲観的であり、姉の将来は希望的である。姉をめとろうか、妹を招こうか。国民よ、少し自省せよ。汝の中に汝の生気あれば、汝の中に汝の希望があれば、汝の中に汝の精神があれば、どうしてこの結婚によって汝の大事を決定する必要があるだろうか。この二人の娘の一人を娶らなければならないと信じるな。やむをえなければ多妻主義となって、この二人の娘を合せて娶れよ。汝はこの結婚によって汝の精神を見失ってはならない。そうである、汝には、大いなる元気(Genius[創造力])が存在している。一夫一妻となっても、一夫多妻となっても、もし汝の元気が欠損することがなければ、汝は希望のある国民である。

4.国民の一致的活動

 およそ一つの国民として欠くことができないものは、その一致的な活動である。私の言う活動は、心性の上の活動である。政治的活動などは私の関わり知る所ではないからである。およそ心性の活動なしに外部の活動があることはなく、思想がまず動いて動作が生じる。ルソーがあり、ヴォルテールがあり、そうして後にフランス革命がある。国民の強固な勢力は、必ず一致した心性の活動の上に宿るものである。この点より観察すれば、国民の生命を保証するものは、実にその制度において国民をうまく一致させる舞台があるかどうかにかかっている。何をもって国民に心性上の結合を与えるのか。どのような主義をもって、この目的に適ったものとするのか。どのような信条をもって、この目的に合ったものとするのか。私は多言を用いなくとも「最も多く平等を教えるもの、最も多く最多数の幸福を図るもの、最も多くヒューマニティーを発育するもの、最も多く人間の運命を示すものが、この目的に適合することが最も多いものであること」を知っている。このように私はインディビジュアリズムの信者であり、デモクラシーの敬愛者である。

5.国民の元気

 されども、国民の元気は、一朝一夕に移転することができるものではない。その源泉は隠れて深山幽谷の中にあり、これを求めると更に深く地層の下にあり、砥石のような山は、これを穿うがつことができない。どうやって国民の元気をつかみとって、これを移転することができるだろうか。思想があり、思想の思想があり、そうしてまた思想の思想を支配しているだろうものがある。一つの国民は必ず国民を形成することができるだけの精神を持っているのである。これに藪医術を加え、これを軽業師の理論をもって率いるとしても、国民は頑としてこれに従ってはならないのである。彼を囲む自然は、彼に天然の性情を与え、彼に特異な性格を付与する。これらの性情と性格は、幾千年の間、その国民の活動の源泉であったのであり、その国民の精神の満足であったのである。国民もまた一個の活きた人間である。その中に意志ウィルがあり、その中に自由リバティーを求める念があり、国家という制限の中にあってその意志の独立を保つべき傾向を持たないことはない。イタリアはいかに斧鉞ふえつを加えて[手直しをして]盛衰・興亡の運命を悟らせても、それがイタリアであることは依然として同じであり、ドイツもまたこのようであり、フランスもまたこのようである。国民の元気の存在する所に、その予定の運命がある。死すべきか、生きるべきか、ああ、一つの国民もまた無常の風を免れない。練達の士が世を観察する時には、ぜひともまず命運の帰する所を鑑みるべきである。もし我が国民であって、果たして秋天に霜が満ちて樹葉が黄落する暁にあるとすると、すべからく男児のように運命を迎えるべきである、そう、すべからく男児のように死すべきである。国民もまた、その天職があるのであり、その威厳があるのであり、その死後の名があるのであり、その生前の気概と節操があるのである。これを破らずこれを折らず、そうしてうまく生存競争の国際的関係を、全うし得る道があるのか、どうか。

 デモクラシー(共和制)を、我が国民に適用して、根本の改革をなそうとするようなことは、極めて雄壮な思想上の大事業である。私はその成功と不成功を言いたてることはしない。ただ世間の人が、いかに冷淡にこの題目を看過するかを怪訝くわいがしつつある者である。私はむしろ進歩的思想にくみする者である。そうではあるが、進歩も自然の順序を踏まなくてはならない。進歩は転化とは異なるものである。もし進歩の一語のうちに極めて危険な分子を含んでいることを知るならば、世間の思想家たる者は、自戒して、どうすれば真正の進歩が得られるかをどうして講究しないのだろうか。国民の元気(ジーニアス)は、退守と共に退かず、進歩と共に進まず、その根本の生命とともに、深く固い基礎を持っている。進歩ももしこれに適わないものならば進歩ではない、退守ももしこれに合わないものならば退守ではない。

6.地平線的思想

 政治の論議に従事して当世の時流を矯正して、民心の帰趨を明らかにする思想家は、もとより偏見・僻説へきせつを頑守し、衆をもって天下を脅かす的ないわゆる政治家といった者と比較すべきではない。されどもその説く所はおおむね卑近であり、俗耳に入りやすいという理由で、人はこれを「俗物」と呼ぶ。私は、このような俗物の感化が、今のアメリカを造り、今のいわゆる文明国なるものを作ることにおいて、大きな力があったことを信じる者である。およそ適切な感化を民衆に施して、わずかな歳月の中で大きな改革を成就することは、多くはいわゆる俗物なる者の力にある。マコーレー[イギリスの歴史家、政治家]もある意味においては俗物であり、エマーソン[アメリカの思想家、詩人]もある意味においては俗物である。彼らは実に俗物であったが故に、グレートであったのである。教養カルチャーは、もともと自然を尊んで、真朴を主とするものである。古来より大人君子のなした所は、おそらくこれに過ぎることはないのである。平坦な真理は遂に天下に勝つだろう、この意味において私はいわゆる俗物なる者を崇拝する心がある。されども、ここに記憶しなければならないことがある。世間の数多くの平坦な真理を唱える者の中には、平坦を名目としてみだりに他の平坦ではないものを罵り、おのずから「平坦なものでなければ真理ではない」と言う。このようなことは、すなわち真理を見る目ではなく、平坦を見る眼である。

 思想界には「地平線的思想」と呼ぶべきものがある。常に人生アースの領域のみに心を集中して、「社会を改良する」と言い、「国家の福利を増す」と言い、「民衆の意向を率いる」と言って、極めて膨大で雑多な目的と希望の中に働きつつある。国民は最も多くこの種の思想家を必要とする。およそこの種の思想家のない所には、何の活動もなく、何の生命もない。されども記憶せよ、国民はこの種の思想家のみをもって甘んじるべきではないことを。真正なカルチャーを国民に与えるためには、地平線的思想の他に、更に一つの必要なものがある。

7.高踏的思想

 私はこれを「高踏的思想」と呼ぶ。(数週間前に民友社の徳富蘇峰先生が言われた「高踏派」という文字と、その意味が同じであるのか否かは分からない。)私は、実に地平線的思想を重んじるべきことを知っているけれども、いわゆる高踏的思想なるものが、一日も国民に欠くべからざることを信じる者である。ヒューマニティーを人間に伝えるのは、独り地平線的思想の任ではなく、道徳はどうやったところで固形の善悪論ではないので、プラトンの真善美も、ミルトンの虚想も、人間を正当な人間の位置に進めるのに、広大な裨益があることを信じるのである。ヒューマニティーは社会的義務のみのために存在するのではなく、人間の性質キャラクターは、倫理道徳の拘束のみによって建設すべきものではない。純美を尋ねる世の詩人である者、純理を探る世の学者である者は、優に地平線的思想家の預り知らない所で、人類の大目的を成就しつつあるのではないか。

8.何を国民的思想と言うのか

 必ずしも「国民」という題目を詩歌の材料とすることを、国民的思想と言うわけではないのである。「マルセイユの歌」[ラ・マルセイエーズ、フランス国歌]に対して作った「ドイツ祖国歌」[ドイツの歌、ドイツ国歌]は非常な賞賛を得て、一篇の短い歌がよく末代の名を保ったと聞く。されどもこれは賞賛のみ、喝采のみ、一つの国民が私的に表した同情のみであって、未だもって真正な詩歌界における月桂冠とは言うべきではないのである。私は「早稲田文学」とともに[透谷は早稲田出身]、少なくとも国民大の思想を得ることを切に希望しているけれども、世間の詩歌の題目を無理やり国民的問題に限ろうとする者に向かっては、いくらか不同意を唱えなければならない。[徳富蘇峰の]「国民之友」はかつてこれを新しい題目として詩人に勧めたことがあるのを記憶する。まことに格好な新しい題目である。彼の記者が常にこれと同様のことに慧眼けいがんであることは、私が密かに畏敬する所であるが、世間には大早計にもこれをもって詩人の唯一の題目であるべきだと心得て、みだりにいわゆる高踏的思想なるものを攻撃しようとする傾きがあるのは、どうして嘆息すべき至りではないのか。詩人は一つの国民の私有ではなく、人類全体の宝箱である。彼に一つの国民のために歌わせようとするあまりに、彼が全世界のためにもたらす使命を傷つけようとするのは、私はそれが正しいことを知らない。

 そうではあるが、詩人もまた故国に対する妙高の観念がないわけではない。国家の区画は彼においてさほどの意味はないだろうが、その天賦の気質において、少なくともその国民を代表する所を持たないわけにはいかない。これをもってバイロンはいかにその故国を罵っても、イギリスの一国民であることにおいては終始変る所はなく、深くこれをその著作の上にしるしている。これをもってレッシングはフランスの思想がライン河を渡って、その郷国の思想を横取りすることを憎んで、大いに国民の夢を覚ました。このように詩人もまたその郷土の愛国者であるのは、抜くことができない天性が存在するからであろう。

 詩人はどうして国民のためにのみ生まれるのだろうか。詩人はどうしていわゆる国民的な狭小な偏見の中にのみ限られるのだろうか。されども事実において、詩人もまた愛国者であり、詩人もまた国民の中に生きる者である。ナポレオンの侵略にあって国が亡んで家が破れようとするのに当たって、従容としてナポレオンの玉座に近づいて、彼に言葉にできない畏敬の念を抱かせたゲーテが、戦陣に臨んで雑兵の一人となって屍を野原に晒さないと言う理由で「国民的ではない」と罵る者があれば、私はその愚を笑わないわけにはいかないのである。

9.創造的勢力の淵源

 私は再び言う、「今日の思想界に欠乏するのは、創造的勢力である」と。模倣、卑しい模倣、これらは国民の最も悲しむべき徴候である。「私はイギリス文学を唱道する」と宣言し、「私はドイツ文学を唱道する」と宣言し、「私はフランス文学を唱道する」と宣言する。その他にまた「私はイギリス思想を守る」と言い、「私はアメリカ思想を伝える」と言い、「私は何、私は何」と、各々の便利な思想に拠って、国民を率いようとする。そうしてまた、少しばかり禅の道をいう者があれば、すぐに「固陋である」と罵り、少しばかり元禄文学を言う者があれば、すぐに「かりそめの復古的傾向である」と言う。ああ不幸なのは、今の国民である。彼らが「洋上を渡って来た思想でなければ、一顧の価値もない」と信じるのは、止められないものがあるのだろうか。彼らは模倣の渦巻に投げられて、いつまでこうしていようとするのか。今日の思想界は、達人を待つこと久しい。どうして奮然として立ち上がり、19世紀の世界に立って恥じることのない創造的勢力を、この国民の上に打ち建てないのか。復古、汝もまた頼むことができない。消化、汝もまた頼むことができない。誰がうまく剛強な東洋趣味の上に、真珠のような西洋的思想を調和することができるものだろうか。出でよ詩人、出でよ真に国民大の思想家。外来の勢力と過去の勢力とは、今日において既に多すぎるのを見る。欠けているのは、創造的勢力である。

(明治26年7月)「評論」第8号、女学雑誌社


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