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顧問がきちんとルールを把握してなかったせいで、3年生で俺だけ部活の引退試合に出場できなかった話

ラグビー部は3年生の最後の大会が秋から始まる。
そのため高3になり周りが受験ムードの中でも我々は最後の大会に備えて夏合宿へと向かわなければならなかった。
しかし、僕はその夏合宿の初日で高校生活4度目の骨折を歓迎する。



練習試合中に脚を痛め、すぐに途中交代。
その場で絶対に折れていると確信できた。
4回目ともなるともはや、脚をひねる数秒前から“このままいけば折れそうかも”くらいの感覚がある。

上級生が少ない事もあったが一年生からレギュラーで出ていたし二年生からずっと副キャプテンだった僕はチームの中心だった。
このタイミングでの骨折は、そんな僕が最後の大会に出れないことを意味していたし、それを自分自身も顧問もチームメイトも分かっていた。
分かっていたからこそ、誰もその場では口にしなかったのだろう。

副顧問の運転する車に乗って合宿場所から1番近い病院へと向かった。
1人になった後部座席で横たわりながら色々な事を考えたが、その色々な感情が悔しいという感情へと帰結した。
病院へと着き骨折だと診断され、加えて次の日には帰阪し手術する事も決まった。

宿舎に戻ると、大広間に1つの鍋と1人分のすき焼きの具材が寂しげに残されていた。
皆んな受験勉強をしているのか、練習の反省をしているのか、それとも僕に気を使っているのか、誰も大広間には入ってこなかった。
すき焼きは絶対に2人以上で食べる料理だなと思いながら重たい箸を進めた。

顧問が大広間に入ってきたことを何となく背中で感じた。
顧問の南先生は定年間近の体育の先生で、厳しさの中に独特のユーモアもあるラグビー部の誰からも愛される存在だった。
先生は僕にそっと近づき僕を抱きしめ「凌太、ありがとうな」と言った。
何か僕の中で張り詰めていたものが解け、大広間に僕の泣き声だけがこだました。
先生は声を震わしながら何度も「凌太、ありがとうな」と言い、僕も声にならない声で「ありがとうございました」と言った。

全部員が大広間に集まりミーティングとなった。
僕から骨折だった事、明日大阪に帰り手術を受ける事、そしてありきたりだが僕の分まで皆んなには頑張ってほしいという事を伝えた。
そして何でそうなったかは分からないが、何となくの流れで3年間を共にしたチームメイト1人ずつから僕への想いを伝える小スピーチが始まった。
これ後半のやつ言う事無くなってきそうで可哀想と思いながらも、皆んなの熱い想いを真っ直ぐ受け止めた。
まさか自分がきっかけ側になるとは思っていなかったが、僕の離脱をきっかけにチームの結束が固くなるなら、それはそれで良いとも思えた。

次の日から大阪へと帰り、手術と入院を経て二学期になり学校へ行くとチームメイトからその後の合宿の話を聞かされた。
その後、南先生は事あるごとに「凌太は心の中におる」と言い、試合などでミスがあると決まって「凌太どこ行ったんやぁああ!!!」と言っていたらしい。


先生、僕は大阪です。

僕を死人のように扱ってしまう熱い先生と共にラグビー部は無事合宿を完走し、その後約1ヶ月の練習期間を経て最後の大会直前となった。

3年生最後の大会の前日のミーティング。
キャプテンから「確かに明日の試合には出れへんかもしれんけど、カメが出れるようになるまで勝ち進もう!」
そんな言葉が飛び出し、チームメイトもそれに呼応していた。
自分の高校ラグビー人生は1ヶ月前に終了したと決めつけていたのは自分自身だけで、僕以外は誰もそうとは思っていなかった。
自分の愚かさが情けなかったと同時に、先生や仲間が誇らしかった。
その時の僕は松葉杖無しでは歩けなかったが、皆んなの気持ちに答えるためにも1日でも早く復帰しようと心に決めた。

ラグビーの大会の予選はまずシード校ではない3チームが総当たり、1チームが勝ち抜け、そこからトーナメントが始まる。
つまり総当たりを勝ち上がるには初戦がかなり重要なのだ。

しかし僕たちは惜しくもこの初戦を落としてしまい、勝ち上がる事がかなり難しい状況となってしまった。

2週間後、第2試合前日。
先生から驚きの言葉が出る。
「明日の試合、3年生には悔いなく戦ってもらいたい。そして、凌太を試合に出そうと思っている。」
その時の僕は松葉杖なしだと足を引きずってなら歩けるような状態で到底チームの役に立てるような存在ではなかった。
「けど条件がある。点差をつけてリードしている状況じゃないと凌太は出さない。だからお前ら、絶対に点差を付けろ!最後の5分だけでも凌太をグラウンドに立たせてあげよう!!」
先生の熱い言葉に僕を含めたチーム全員がまた一つ強く結ばれた気がした。



だが現実は物語のように上手くはいかず、試合は点差を付けてリードどころか逆に相手にリードを許す展開だった。
チームメイトは試合中何度も「カメ出すんやろ!!!」と何度も鼓舞しあっていたし、先生も何とか試合展開を打開しようと、選手交代を積極的に行っていた。

しかし相手にリードを許したまま試合は終了7分前を迎える。
先生が覚悟を決めた顔で「凌太行くぞ」と言った。
「はい!!!」
僕は先生はたとえリードされていても出してくれることを分かっていた。

2人でコートの線近くまでゆっくり歩く。
コートの中ではチームメイト達が「待っていたぞ」というような視線を向けている。

「凌太、何もしなくていいからな?グラウンドに立っているだけでいいから」
先生が僕にそう言った。
僕は頷いた。

コートラインまでたどり着き、先生が「審判!選手交代!!!」
そう告げた。

すいません先生。
僕は心の中でそう告げた。
僕はただグラウンドに立っている気なんて更々なかった。
確かに走ることはできない、歩くのもやっとだ。
だが走ってきた相手をタックルすることは出来る。
絶対相手に1発タックルを決めてやるんだ。
3年間の想いの全てを1回のタックルに込めよう。
そう熱く決意した僕の元に審判が小走りで駆け寄ってきた。
そして、


「あっもう枠使い切ってるんで選手交代無理ですよ」
と言った。







え?







え?


うそん。



事態をあまり掴めずにいる僕に先生が後ろから、か細い声で
「凌太〜ごめんなぁ〜」
と言った。



え?これほんまにどういう意味?


コートの中ではチームメイト達が未だ「待っていたぞ」というような視線を向けている。


3年生で僕だけが試合終了5分前にラグビー人生に終止符を打った。
いや打たれた。
グラウンドを見ると先生が積極的に選手交代を図ったせいで、絶対にどうでもいい1年生が「え、自分ここにいていいんすか?」みたいな顔をしながら駆け回っていた。
僕を出場させるための策で僕が死んだ。


そして行き場を失ったアドレナリンは涙となって溢れ落ちる。


いや、ちょっと待ってや。
そっちが盛り上がるからなんか俺も乗ってしまったらこんな終わり方なんの?
熱くなった時間返して欲しいねんけど。
てか俺一回踏ん切り付けてたのに。
何か2回一足お先に引退した気分ですわ。

試合が終わって皆んなが泣いているところを見ながら、先に泣き終わった僕はそんな風に考えていた。



先生も僕と同じタイミングで冷めてしまったのだろう。

試合が終わって割と早めに電動自転車で帰って行った。









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