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【読書日記】6/8 はるか北の大地に思いを馳せる「アイヌ神謡集」

Googleを開くと「今日の Doodle は 幸恵知里 生誕 120 周年 です!」とお知らせしてくれました。
小学校の頃、学校の図書室でアイヌの伝説や昔話を集めた本を読みました。「柳の葉が海におちてシシャモになった」という場面が不思議と印象に残っています。
他にはオキクルミやコロボックルなどを漠然と覚えているだけなのですが、人の記憶って面白いですね。
その後大きくなってから知里幸恵が遺した「アイヌ神謡集」も読み、独特のリズムやカムイの世界に魅せられましたが、一方で私が子供の頃に読んだ場面が出てこないことに釈然としないところもありました。もう一度再読したいのですが、正体不明のままです。

それはさておき、知里幸恵さん。
アイヌの一人として生まれ、差別や偏見にさらされながらもアイヌであることを誇りとしていた少女。15歳の時に金田一京助博士と出会います。金田一博士は、幸恵の語学の才能を見抜き、アイヌ民族のあいだで口伝えに謡い継がれてきた「カムイユカㇻ」を記録することを薦めます。
幸恵は、ユーカラの中から十三編を選び,ローマ字で音を起し,日本語訳を付しました。病をおして推敲し、校正をし終えた日の夜、19歳で急逝しました。
 わずか十代の少女がカムイユーカラを祖母たちから聞き覚えていたこと、ローマ字・日本語を習得し、書き表すことが出来る才を持っていたこと、その才を見ぬき、かつ本として出版する力をもつ金田一博士と出会ったこと。
 アイヌのカムイたちに祝福された少女だったのだろうなあと思います。

神謡は、カムイが自らのことばで語る物語。
動物や植物などの生物、水や火のような自然、人が作った家や船などの無生物もカムイです。
サケへと呼ばれるそのカムイをあらわすことばを謡に繰り返し挟み込みながら紡がれる物語。まったく意味が分からないなりに声に出してみると耳に心地よく響きます。

このアイヌ語は消滅の危機に瀕しています。ユネスコのAtlas of the World’s Languages in Danger第3版では、消滅の危機について「極めて深刻」と分類されています。
 
 昨日、「それでも旅にでるカフェ」を読みました。世界各地の料理などを供し、旅に出た気持ちになれるカフェのオーナー・円は、ロシア語を学んでいました。ロシア語は、話されている地域が広いということから、話者が多い、通じる地域が多いということは、それなりの歴史上の経緯がある、と。

 世界の公用語を考えると、かつてそして中には今も覇権を争う国なのだということ、そして、経済発展は少数言語を絶滅においやる大きな要素なのだ、ということをふと頭に思い浮かべたばかりだったので今日、アイヌ語について考えさせられるのも面白い縁だと感じています。
言語経済学という分野もあるようなので、もう少し詳しく学んでみたいと思っています。

また、ユネスコでは『言語の多様性が減ると、生物学的多様性が減少する』としています。アイヌ語もそうですが、地域に根差した言語は、そこの自然を表す豊かな語彙を持っています。人は名付けることでその対象を認識しますから名前の無い(失われた)ものはだれにも気付かれないうちに消え去ってしまうかもしれないのです。

移動手段や情報技術の発達により世界中の人々の交流が盛んになると英語のように多くの人が利用する言語を学ぶことの重要性がより一層高まります。
そのこと自体は否定しませんし、相手のことを学ぶには相手の言葉を学ぶ必要性があると思いますが、一方で奇妙なビジネスカタカナ語が氾濫している現状をみると日本語の未来も憂えてしまうのです。

知里幸恵は、アイヌであることに誇りをもち、その言葉を命を振り絞って残そうとしました。
名文と名高い序文を読むとその真摯な気持ちに胸をうたれます。

そして、ウェブをたどっていった知里幸恵銀のしずく記念館で、「いろんなことばでアイヌ神謡集」という企画をしていました。
異なる言語文化圏でも神謡集が読まれ、互いに相手に敬意を払いながら共生できるように、という願いを込めて様々な言語で「銀のしずくふるふるまわりに」というシマフクロウの謡が訳されているのです。

私は、本が好きで、言葉が好きです。
日本語も、他の言語もそれぞれの豊饒な文化の結晶です。大切に愛しんでいきたいそう思うのです。

アイヌ神謡集序文