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【読書日記】10/18 美味しい謎解き、ややスパイシー。「間の悪いスフレ/近藤史恵」

間の悪いスフレ~ ビストロ・パ・マルシリーズ~
近藤史恵 著  東京創元社 創元クライムクラブ

小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マル。
出てくる料理は気取らない、庶民に愛されているフランスの地方料理。

シェフの三舟は無精ひげに長い髪を後ろで束ねた時代劇の素浪人風。
彼の不愛想を補う人当たりの良いスーシェフの志村、さっぱりした気性に謎の俳句詠みソムリエールの金子、よく気の付く素直でやさしいギャルソンの高築の4人のスタッフで経営されています。

そんなパ・マルにやってくるお客の巻き込まれた事件や悩み、不可解な出来事の謎を解きほぐしていく連作短編集。

4作目となる本書では、コロナ禍に直撃されてテイクアウトや料理教室を始めるなど新たな取り組みを始める様子や引き続き起きた戦禍による飲食業界・生産業者の苦悩も描かれています。
本作の謎メニューは以下の通り。

名門の音楽系の高校の合格祝いの席上で娘と両親の間で起きたいさかいの理由とは?「クスクスのきた道」

ひとり分のテイクアウトを求めて公園で食べている男子中学生の抱える葛藤とは?「未来のプラトー・ド・フロマージュ」

志村スーシェフが講師を務める料理教室で起きた「タジン」をめぐるすれ違いの理由とは?「知らないタジン」

完璧だったはずの母親が急に料理下手になった背景は?「幻想のフリカッセ」

ギャルソン・高築くんのいとこのプロポーズ計画に手を貸したけれどその首尾は?「間の悪いスフレ」

フレンチから方向転換を考えている料理人の意志はかわるか?「モンドールの理由」

とあるレストランにスタッフが定着しない理由とは?「ベラベッカという名前」

飲食業界そのものが逆境下とはいえチームワーク良く雰囲気の良いお店でお料理も謎も堪能しました。
しかし、ゲストの悩みやそれへの対処法について、私自身が共感できたかというと別の話。
その考え方は違うのでは?とか、私だったらその方法はとらないな、とか感じる場面がシリーズ前作に比べて多くて、私自身が世間様の感覚からずれてきているのかもしれない、ということを突き付けられたようで、個人的には苦い後味でした。

そんな中でも今回考えさせられたことのひとつは、ソムリエール金子さんのこの台詞。

まあ、それとは別にうらやましいなあとは思うよね。子供の頃の文化資本が豊かだと

クスクスの来た道より金子さんの台詞。私もうらやましい。

中学生の娘さんが両親とオペラ鑑賞をしてフランス料理を食べにくることについて述べた感想です。

私は、自分の住んでいる地方都市に対する愛郷心はそれなりにありますし、住み心地について格別不満はありません。
しかし、こと「文化資本」という側面から見たら都市圏に比べて充たされない部分が多いのもまた事実です。

学生時代に上京した時に、子供の時から歌舞伎やバレエなどの舞台を鑑賞しなれている友人との格差を強烈に感じましたし、常設の美術館・博物館の規模や数、特別企画展の巡回頻度などで都会がうらやましいと感じることも多いのです。
地方ではそのかわりに自然が豊かだとか郷土の文化がある、というのは、別の次元の問題であって必ずしも欠けているものの埋め合わせにはなりません。カレーが食べたいと思っているときにラーメンを差し出されてもなんだかうれしくないのと同じ、といっては身も蓋もない例えかもしれませんが。

子供達にも色々な経験の種蒔きをしておいてやりたいのだけれどなあ、ともどかしいのがこの台詞で表面に呼び起こされて少々胸がつかえる、そんな気持ちなのです。
ないものねだりの贅沢を言っているのだろうな、と思いつつ。