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ヒナにスバルくんを消費させてよ「ガチ恋粘着獣/星来」にみる力関係の逆転

 ガチ恋粘着獣を読んでいると、ある歌い手さんのファンコミュニティに片足を突っ込んでいた頃のことを思い出す。
 そこで感じた熱狂と混沌、情熱的な愛情と剥き出しの欲望に私は圧倒されるばかりで早々に抜け出してしまったが、あのままあそこに居続けていたらどうなっていたのだろう。

※この記事はガチ恋粘着獣1~2巻のネタバレをめちゃくちゃ含みます。未読の方はご注意下さい。

 輝夜雛姫(以降ヒナちゃん)、20歳女子大学生。動画配信グループ「コズミック」の一人であるスバルくんのことが好き。
 チャンネル登録100万人達成時にはケーキを焼いてお祝いし、泣いて喜ぶ熱心なファンだ。
 けれど、彼女の熱心さはただのファンの域をとっくに超していた。ヒナちゃんは画面の向こうのスバルくんのことが、本当に大好きになっていたから。

 りこめろという名前の同担からのマウントに対抗して投げ銭に5万突っ込む、スバルくんの鍵垢からDMが来る、食事に誘われたその日にホテルに連れ込まれる。ヒナちゃんは怒濤の勢いで坂道を転がっていく。
 ヒナちゃんが本来とても純粋な子だということは、最初にホテルに連れ込まれたシーンでよく分かる。元々そのつもりだったのなら即応じていたのだろうが、たとえ大好きなスバルくんが相手でも、ヒナちゃんは会ったその日に抱かれるなんてことはとても出来ず、拒んでしまうのだ。
 ここでスバルとの縁が切れていれば良かったのになあ……。

 その後もスバルくんの言動に振り回され続け、カップル動画を上げた女性配信者を怒りと焦燥から捨て垢を使って追い込み、とうとうスバルくんと泊まりで旅行に行き、これで彼女になれたと喜ぶヒナちゃん。
 しかし、同担のりこめろと画面上ではなく実際に対峙することになり、スバルくんに彼女がたくさんいること、自分がその中の一人に過ぎなかったことを知ってしまう。

 スバルに嫌われたと凸したマンションから飛び降りしようとするりこめろ、慌てて止める居合わせてしまったコズミックのリーダーのコスモ、その様子を録画して配信してしまうギンガ。もうめちゃくちゃだよ。
 凸した動画を晒されたりこめろは、普段の社会人としての姿でヒナちゃんの前に現れ、スバルくんの今までのことを全て、暴露系配信者に売ったと話す。

「きっと話題になっちゃうわ こんな恋愛はたから見たらバカでウケる話でしかないものね」
 (略)
「スバルの首は私がもらう」

ガチ恋粘着獣 2巻8話

 武士なの?

 恋の狂乱の一方で、彼女たちは至極冷静な部分も持ち合わせている。
 けれど「ガチ」すぎる思いが鋭く尖って、凄まじい覚悟のキメ方をしてしまうのだ。

 一人の女性が決意を固めた一方で、スバルくんはまだ今まで通り、女の子たちと遊んで生活するつもりでいた。なので、ヒナちゃんに他の女の子とのことを問い質されて言うことがこれ。

「ヒナがず〜〜っと大好きだったスバルくんとセックスまでできたのはさ〜〜 俺が遊んでたからでしょ?」

ガチ恋粘着獣 2巻9話

 あまりにもな言い分に、とうとうヒナちゃんの中の何かが切れてしまう。
 だってヒナちゃんが恋した動画の中のスバルくんは、こんな人ではなかったのだ。

スバルくんはそんなこと言わないのに

ガチ恋粘着獣 2巻9話

 その後、ヒナちゃんは生配信中のスバルくんを襲撃し、郵便物の宛名で本名を知ることになる。
 彼の名前は清水薫(くゆる)。
 やっぱりこの男は、自分が恋した人ではなかったのだ。
 スタンガンで気絶させると、清水薫を監禁し、自分の為だけにスバルくんとして配信をさせることにしたヒナちゃん。

「ヒナにスバルくんを消費させてよ くゆる~」

ガチ恋粘着獣 2巻 第10話

 ここに力関係は完全に逆転し、主導権はヒナ(信者)に移った。
 偶像のために信者が存在するのではなく、信者のために偶像が存在することになったのだ。

 りこめろたんとコスモくんの説得、ギンガからの連絡もあり、結果的に監禁期間は短かった(と、思う)
 しかし襲撃からの監禁は流石のくゆるくんも精神的に堪えたようで、入院中の病室に現れたヒナちゃんにさらに「スバルくんをやれ!!」と追い打ちをかけられてしまう。
 ここでくゆるくんは、ようやく肝心なことを尋ねる。
 「スバルの何がそんなに好きなのか」と。

「全部好き… 好きだから独り占めしたくて 好きだから他の女の目に留まるのも嫌なの」
(略)
「ヒナが嬉しくなる事だけをしてくれる スバルくんが好きなの……」
「……でも あの日100万人に愛されたスバルくんが一番好き……」
(略)
「ヒナだけのスバルくんは ヒナの好きなスバルくんじゃなかった……」
(略)
「だから… スバルくんをやめないで下さい……」

ガチ恋粘着獣 2巻 第13話

 3ページ以上に渡るヒナちゃんの感情の吐露。
 矛盾した気持ちを言葉にして解いていく内に、ヒナちゃんは獣から、恋する女の子へと戻っていく。
 まるで配信しているときのように、相手の姿が見えず、言葉だけが届く、カーテン越しの告白。
 ヒナちゃんの「好き」はようやくスバルくんの心に、そして、くゆるくんの心にも届いたようだった。


 3巻から始まるコスモ編でも、くゆるくんはヒナちゃんの存在を意識し続けている描写がある。
 くゆるくんは「コズミックのスバル」を辞めず、二人の関係はひっそりと継続されていく。彼は常にヒナちゃんからの反応を考えて「スバルくんをやる」ことになったのだ。
 配信すれば現れるヒナちゃんらしき黒い丸アイコンからのコメントに一喜一憂し、動向を気にしてアカウントをチェックする。
 歪んだ形ではあるが、ヒナちゃんは間違いなく、大好きなスバルくんの一番を手に入れた。

 ところでガチ恋粘着獣は、登場人物の名前に由来があるように思う。
 ヒナちゃんのフルネームは輝夜雛姫(かぐやひなき)なので、そのままかぐや姫だろう。
 りこめろたんの本名は都竹里穂子(つづきりほこ)。都はかぐや姫の故郷である月の都、竹はかぐや姫が発見された場所…と考えると、彼女も「そちら側」の人という意味での命名なのかもしれない。
 いや、この辺全部私の推測なので違うかもしれませんが……。
 スバルも竹取物語に何か関連があるのだろうかと調べてみたが、私の知識では見出せず、枕草子の「星は昴(すばる)」くらいしか思い至らなかった。
 ただ、すばる = プレアデス星団 = おうし座だと考えると、りこめろたんが付けていたツノはそういう意味だったのかなと思う。可愛いね。
 本名の薫(くゆる)は一般的には「よいにおいが立つ」といった意味だが、古文単語としては「恋い慕う、思い悩む」という意味もあるようだ。

 無理難題を要求したかぐや姫は去り、元いた世界、配信画面の向こう側に戻っていった。
 残された男は真っ暗な満月の中に彼女の存在を探し、まるで恋い慕うかのように、思い悩むばかり。

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